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ベラルーシが呈示した鑑定書は二つ。
一つは、出生間も無い「ロベルト」を鑑定したもの。
そして、「今のロベルト」を鑑定したものと二つだ。
アルベルトは後者をフランクに差し出すと、彼に真意を訊ねた。




「では、こちらの鑑定書についてですが、こちらの鑑定もフランク先生が行ったものでしょうか?」




アルベルトが差し出した鑑定書を受け取ったフランクは、老眼鏡を一度上にずらして書面をじっくりと確認すると、首を縦に振った。




「……ええ、確かに。一ヶ月程前でしたか、長官の依頼を受けて私が国王様とロベルト様を鑑定したものです」

「ベラルーシ長官は、何と言ってこちらを先生に?」

「これと言って特別、何とは……。ただ、何故また改まってロベルト様の鑑定をとは思いましたが、ベラルーシ長官も王家の為来たりを知る内の一人。彼から事情を伏せた上で鑑定の依頼があったのならば断れますまい。それが私の長きに渡る務めでありますからな」

「……成る程」

「しかし、何故このような結果が……いや……」

「……」




フランクがそう言葉を濁して以降、暫く室内には沈黙が流れた。
その間、アルベルトは彼の僅かな動作に仕草も見逃すまいと、鋭い視線を弛めない。
フランクは胸中に抱いた言葉を発するべきかどうかで悩んでいるようにも思えたが、彼はそれを口にする事なく喉の奥深くへと流し込んだ。




「……私は沈黙を守る者。王家の為来たりに疑う事もせず、ただただ従う者です。私からは何も発信はしない。今までも、これからも……。この件に関しても、私はそうするべきなのでしょう」




ロベルトが「ロベルト」ではない―――……。
その鑑定結果を誰よりも逸速く目にした彼は、その事実に対して詮索する事を自ら止めたようだった。
何故なら、「それ」を口にしてしまったら最期、この国に走る衝撃は想像を絶するものになるであろう事を察しているからだ。




「……分かりました。先生にお聞きしたかった話は以上です。本日はお時間を頂き、ありがとうございました」




アルベルトはそう簡潔にフランクに礼を述べると、すっくと立ち上がった。
一礼し、会釈の際に笑みまで見せるアルベルトの様子は普段と何ら変わらない。
ロベルトの現在の父子鑑定結果を聞いても尚、動揺を微塵も表情に出さないアルベルトに、フランクは困惑すら覚えてしまう。




「アルベルトさん、貴方は……」

「ああ。つい忘れる所でした。改めて国王様との父子鑑定を、こちらの毛髪を使ってお願いしたいのですが宜しいでしょうか?」

「これは……?」




部屋を後にする間際、アルベルトが思い立ったように懐から何かを取り出した。
ジッパー付きの小さなビニール袋だ。
中には何やら紙の包みが入っている。




「今朝、枕から採取したばかりのロベルト様の毛髪です。フランク先生には是非、もう一度こちらのサンプルでの鑑定をお願いしたい」




そう言って、アルベルトはビニール袋をフランクに手渡すと、再び笑みを目尻に浮かべて見せる。
フランクは袋を手に、改めてアルベルトを不思議に見遣った。




「……貴方は、まだ信じているのですか?確かに信じ難い話ではありますが、それでも私の鑑定に間違いはない。もう一度鑑定をした所で結果は同じです。それでも貴方は、ロベルト様が誠のロベルト様であると……?」




部屋を去ろうと、扉の取っ手に手を掛けていたアルベルトは、背後から投げられるフランクの問い掛けに、手を止めて振り返る。




「そもそもが疑いようのない話でしょう。私が本日こちらの病院を訪ねたのも、何もロベルト様がロベルト様だと信じたくて、再鑑定を依頼しに来たのではありません」




微笑すら浮かべるアルベルトの、その瞳には一切の揺らぎは無い。
寧ろ、本心すら見透かしに来るような鋭さを秘めている。




「傍迷惑なトリックの謎解きをしに来たまでです」




「後日、改めて伺いに参ります」と最後に付け加えて、アルベルトは応接室を去って行く。
パタンと閉じた扉の向こうで、彼の革靴が真っ直ぐに廊下の奥へと消えていくのを耳に、フランクはぽそりと呟きを一つ、床に落とした。




「誠のロベルト様……か」








院内の廊下を真っ直ぐに進むアルベルトの足取りは、普段と同じ調子、同じ歩幅の凛とした歩みだ。
擦れ違う看護士や入院患者達を横目に、そのままロビーを横断して表に出た彼は、陽の光を浴びるなり悪態を吐いた。




「……タヌキめ。尻尾を何処に隠している?」




先程までの微笑は捨てて、アルベルトは眉間に皺を寄せた。
駐車場まで向かう彼の表情は、一歩足を踏み出す毎に険しさを増しているようだ。
……―――そう、
最初でこそ国王と共に目にした鑑定結果には驚愕したものの、アルベルトはロベルトが王子であると信じて疑いは無い。
そんな彼が取るべき行動は一つだろう。
「トリックの謎解き」、アルベルトがフランクに口にした、その言葉こそが今の彼を突き動かしている。




「フランク理事が嘘を吐いているようには見えなかったが……今の所、鑑定結果以外に疑うべき点が無い以上は、彼が一番疑わしい。徹底的に調べるか……」




アルベルトは駐車場に着くなり、急いで車に乗り込んだ。
ロベルトに勘付かれないよう、日々の業務の合間を縫って捜査するには、一分でも一秒でも時間が惜しい。
今朝のロベルトへの説教同様、いつものように執事としての日常を振る舞いながら、アルベルトは秘密裏に単独で行動を取るのだった。

だが―――……、








「………ロベルト」




国王は未だ父である前国王の部屋から動けないでいた。
前国王の直筆で綴られた手紙を手に、国王は頭を項垂れさせたまま、その場から一歩も動く事が出来ない。
項垂れた頭で、
閉じた瞼のその奥で、
浮かんでは離れない、愛しいロベルトの姿。




「……ロベルト……」




王妃、ルイーザが嬉しそうに懐妊を告げた日を今でも鮮明に覚えている。
十月十日、誕生を今か今かと待ち侘びた日々を覚えている。
生まれて、初めてその小さな手を、開き切らない小さな指を目にした時の感動を、今でも昨日の日のように思い出せる。
それからの26年、
彼を愛し続けてきた全ての記憶が、こんなにも鮮やかに胸に在るのに―――……。




「ロベルト…………」




実の子ではないと言う。












もう大分長い事続いた静寂は、静けさの余りに無音な状況ですら音として聴こえてくる錯覚にすら陥った。
カーテンも閉め切られた部屋で、国王はただただ静かに其処に居た。
すると、その時。
コンッという軽快なノック音と共に部屋の扉が開かれた。




「……あ、こんな所に居たんだ?」

「……ロベルト」




開かれた扉の向こうから、ひょこっと顔を覗かせたのはロベルトだ。
胸の内で名を呼び続けた我が子が、突然目の前に姿を見せた事で、国王は驚きに目を見開いた。
だが、直ぐ様平然を装う。




「どうしたんだ?」

「いや、今ちょっと雇用問題について煮詰まっちゃってたからさ。父さんの意見も聞きたいなと思ったんだけど、こんな所に居たんだ。もー、探したよ」

「それは済まなかったな。では、場所を変えよう。私の執務室に来なさい」

「ああ、うん。それは助かるんだけど……ねぇ、何でお祖父様の部屋に居たの?」




ロベルトの率直な疑問に、国王は目尻を柔らかく細めて微笑んだ。




「何、お前と茉莉さんの婚約をお祖父様に報告していただけだ。後は、そうだな……孫が早く欲しいとか」

「そこは任せてよ。とびっきり可愛い茉莉似の子を執念で作るから」

「ははっ、それは楽しみだ」

「あ、でも予定はまだ先だからね?今すぐとかじゃないからね?ハネムーンとか色々行きたいし」

「わかった、わかった。ところで、それはアルベルトからの宿題なのだろう?早くしないとアルベルトが戻ってくるぞ」

「……はぁ、そうだった。全然終わる気がしないんだよね。どうしよう……」




室内の静寂を破る、ロベルトの明るい声。
国王はロベルトに笑顔を向けながら、部屋の扉をゆっくりと閉ざした。
この明るい声が耳に届かなかった日など無い。
この明るい笑顔が城に無かった日など無い。
そんな日々を無かった事にするなど到底出来る筈もない。




「お前なら出来ると信じているよ。頑張りなさい」




ロベルトの横顔を微笑ましく眺めながら、国王は胸中に抱く想いを確固にした。
この子が例え何者であろうとも、愛しい我が子である事には微塵も変わらないと。
同時に、この太陽の国を牽引していくのもまた、この子である事には変わりないと。




「しかし、父さんは男の子も女の子も両方欲しいんだがな。その辺り、お前はどう考えているんだ?」

「ええ?頑張れって、そっち?宿題の話じゃなくて?俺がやれば出来る子だって信じてくれてるのは嬉しいけど、父さんに言われるのはプレッシャーだなぁ……」




何が起ころうとも、
いや、既に何かが起こり始めていたとしても、この想いは揺らぎ無い。
アルベルトも、
そして国王も、
二人、そう胸に強く意志を抱いていた頃―――……。











「……あれ?あの人って、確か……」




茉莉は目の前に立つ人物に見覚えを感じて、ぴたりと足を止めた。
アルタリア城の裏門の前に、一人の青年が佇んでいる。
裏門まで続く緩やかな坂道。
その向こうに立つ青年の横顔をまじまじと見詰めて、茉莉はハッと目を見開いた。




「やっぱり、レストランで擦れ違った人……だよね?ビックリした、ロベルトに似てるから本人かと思っちゃった……」




遠目に見る青年のシルエットは、実にロベルトに似通っている。
茉莉は手にした紙袋をかさりと鳴らすと、再び坂道を歩き出した。
青年との距離が詰まれば詰まる程、彼の容姿に視線が吸い込まれてしまう。






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