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執務机に山積みにされた書類は文字通り山のようだ。
椅子に腰掛けたロベルトが書類の向こうにすっぽりと隠れてしまう程、それらは机に高く積まれている。
書類だけでなく、数々の案件資料の書籍とらに埋もれるロベルトは、山の向こうで「はぁ…」と一度、げんなりと溜め息を吐いた。
高々とした壁に阻まれて彼の顔こそ見えないものの、どんな表情でいるのかが容易に想像付いてしまい、茉莉はくすりと苦笑を返す。




「どっちにしろ、これだけの量に目を通さないといけないなら、当分外出は無理そうだね」

「もうさ、罰って言うより嫌がらせだよね、これ……」

「そんな事言ったら駄目だよ。それに、結局全部に目を通さなくちゃいけない事には変わりないんでしょう?ね、頑張ろう?」

「うん、ありがと。でも、その前に……」

「え?」




ちょいちょいと、ロベルトが茉莉を手招きで呼び寄せる。
茉莉は首を傾げつつも、手招きに従って彼の傍らまで向かった。
執務机を旋回し、ロベルトの座る椅子まで歩み寄ったなら、突然グイッと腕を引かれて―――……、




「……ロ、ロベルト!」

「茉莉補充〜」




腕を引かれた反動で前のめりになった茉莉の身体は、そのままロベルトの胸の中へ。
狙い澄ましていたのだろう、ロベルトは倒れ込んでくる茉莉を透かさず抱き締めると、彼女のお腹にポフンと顔を埋めた。




「もう!いきなり引っ張られたらビックリするじゃない」

「ごめんね。でも、ちょっとだけギュッてしていい?」




突然の抱擁に顔を赤らめるも、茉莉の口からはそれ以上の批難は出て来ない。
この甘えたようなロベルトの仕草には、茉莉も弱いからだ。




「……ちょっとだけだよ?アルベルトさんが入って来るかもしれないから」

「うん、ちょっとだけ。でも思いっ切りのちょっとだけね」




言葉通り、ちょっとと言う割りにはロベルトの抱擁は力強い。
腰に回る逞しい腕とは反対に、ぎゅうっと甘えるように抱き着いてくるロベルトには、茉莉もくすりと微笑んでしまう。




「思い切りのちょっとだけって……。それは十分、思い切りって事でしょう?」

「あ、バレた?」




ロベルトの柔らかな髪が、茉莉の胸の下辺りでふわんと跳ねている。
椅子に腰掛けたままの彼との間に、自然と生まれるのは身長差。
普段は見上げてばかりの彼の顔が今は見下ろす位置にある事に、胸は自然と湧き上がる母性本能に擽られた。
此処が執務室だというのもすっかり忘れて、茉莉はロベルトの後頭部をそっと抱き締めると、甘えん坊な抱擁に応える。




「もう、仕様が無いんだから……」

「今日は1日執務室に缶詰めになっちゃうだろうから、今の内にこうやって茉莉を溜めて英気を養っておかないとね」

「これって私を溜めてるの?でも、よく寝溜めと食い溜めは出来ないって言わない?私の事も溜めれないんじゃないのかな」

「ええ?そんな、そこを言い訳に茉莉に抱き着いたのに……あ、じゃあ休憩する度に茉莉を充電すればいいって事だよね?」

「休憩って何時間おきにあるの?」

「えーと、30分間隔とか?もしくは10分……」

「ロベルトってば……それだと全然終わらないでしょ!」




これもまた母性。
茉莉はロベルトを一喝すると、彼の身体をやんわりと押し返した。
この書類の山を前にしたなら当然だ。
このままでは一向に進まないと、ロベルトの為を思って茉莉が身体を離した、丁度その時。
執務室の扉がタイミング良くノックされた。
アルベルトだ。




「失礼します。ロベルト様、少し宜しいでしょうか?」

「別にいいけど……まさか、まだ仕事があるとか言わないよね?!」

「何です?増やして欲しいのですか?いいでしょう、やる気があるのは大いに結構。只今お持ち致します」

「わー!違うから!今のナシ!」




攻防戦を繰り広げるロベルトの傍らで、茉莉は密着した状態をアルベルトに見られなくて良かったと、こっそりと胸を撫で下ろした。
アルベルトは今後のスケジュールについて幾つか確認を済ませた後、ふと改まってロベルトに用件を告げる。




「この後についてですが、私は少し所用で出掛けますので、何かありましたら携帯まで御連絡下さい」

「何?アル、どっか行くの?」

「はい。2〜3時間程で戻る予定です。いいですか。私が不在だからと言って、此れ見よがしにロベルト様まで羽を伸ばさないよう、呉々もお願いしますよ?いいですね、呉々もお願いしますよ?」

「そんな念を押さなくても分かってるって……」

「茉莉様。今日は茉莉様にロベルト様の監視をお任せしても宜しいでしょうか?」

「え?あ、はい。分かりました」

「では、宜しくお願い致します」




養ったばかりの英気とやらは何処へやら。
アルベルトが執務室を後にした直後、ロベルトは脱力した様子で書類の束を一つ手にした。




「アルのあの言い方だと、まだまだあるみたいに聞こえなかった?これ……」

「でも、取り敢えずはこの山をどうにかしないとだよね。手伝える事があれば言ってね。私も一緒に頑張るから」

「うん、ありがと。さてと……やりますか!それで、全部終わったら茉莉からご褒美を貰わなくちゃね」

「え?ご褒美?……って、何をあげたらいいの?」

「よーし、頑張るぞーっと!」

「ロベルト、聞いてる?」




ロベルトが一方的に立てた誓約は、当然茉莉本人を褒美とするものだが、茉莉自身はこれに全く気付いていない。
先程とは一変して、ロベルトは意気揚々と書類に目を通していく。
この上がったり下がったりと気分の忙しい王子様に苦笑しつつも、茉莉も一緒になって資料に目を通していくのだった。













「本日はお忙しい所を申し訳ございません。お時間を作って頂き、ありがとうございます」

「いや、気に為さらず。さぁ、どうぞ。こちらへ」




老人は柔らかな笑顔でアルベルトを迎えると、ある一室に通した。
其処は整然とした応接室で、室内には他に誰の姿も無い。
一先ずとソファに促されたアルベルトが老人と対面に腰掛けるも、当然二人にお茶を出す第三者の姿は室内に見えない。




「ご安心を。人払いは済ませてあります」

「お気遣い感謝致します」




遮光カーテンの裾から零れ落ちた陽射しが、床に柔らかな日溜まりを生んでいる。
カーテンを開けたなら、さぞ見晴らしが好いだろう上階にありながら、その部屋は閉鎖的なまでに外部からの接触をシャットアウトしていた。
それも、当然の対応なのだろう。
今から交わされる二人のやり取りは、一国の重大な機密だ。




「では、早速本題に入らせて頂きますが……こちらをベラルーシ官房長官にお渡ししたのは、フランク先生にお間違いはないのでしょうか?」




そう言って、アルベルトは対面に座る老人の前に鑑定書なる用紙を差し出した。
ベラルーシが国王に呈示した、ロベルトのものだと言うDNA鑑定書だ。
フランクと名を呼ばれたこの老人は、アルベルトが訪ねている此処、聖アルタリア病院の理事長であり、前国王とも深い親交にあった、言わば王家と密に所縁のある人物だ。




「ええ、そちらは私が長官にご用意した物に間違いはありません。このような重要な書類の作成を、そう易々と他の者には頼めないでしょう。例え信頼に長ける者であろうとも、王族のDNA鑑定など……。それ以前に、"これ"に関しては我が病院でも代々理事長職に就いた者しか知り得ない事ですからな」

「……成る程」




鑑定書の冒頭に記されている聖アルタリア病院の文字。
それが理由で、この鑑定書が聖アルタリア病院で作成された物だと辿り着いた訳では無い。
鑑定内容は父子鑑定だけではなく、「母子鑑定」の結果まで表記されている。
即ち、この病院でしか鑑定書を作成出来ないのだ。
その理由とは―――……、




「聖アルタリア病院では代々王族の出生の際に必ずDNA鑑定を行っていると伺っております。世間にも、また、父母となる王族自身にも公表せず、実に極秘密裏に……」




アルベルトが瞬きもせず、真っ直ぐにフランクを見詰める。
フランクはアルベルトが切り出した会話を最初から予見していたのか、深く息を吐き出して肩を落とした。




「……ええ、確かに。生まれた子が本当に王族の子かどうか、王妃やプリンセスが一般人との間に宿した不義の子ではないかを確かめる為に、出生の際には必ず父子鑑定をしております。当然、ルイーザ様が出産された際にも同じくです」

「その事実は国王様や王妃様は……」

「ご存知無いでしょうな。少なくとも我々、病院側はルイーザ様のご出産の際に、ロベルト様のDNA鑑定を行ったという事実は今だ国王様には伏せたままです」

「私も正執事になるまでは知り得なかった話です。正直、初めて耳にした時は驚きました」

「公にはされていないだけで、世界中の王家には良くある話です。しかし、この事実は極一部の者しか知りません。貴方のように、正執事は代々この秘密を伝承しているのでしょうが……」




フランクは一度、息継ぎに間を空けた後で、アルベルトに向かってはっきりと断言した。




「ルイーザ様が宿した子が、誠に国王様の子であるかどうか……。その鑑定書は、代々アルタリア王家に受け継がれてきた為来たりに則り、ロベルト様が誕生された際に私がDNA鑑定をした物です」




フランクの返答に、アルベルトは納得したように一度縦に頷いた。
そう、ここまではアルベルトも最初から予測していた流れだ。
鑑定書には国王と、王妃ルイーザの子が「ロベルト」だという結果が実に如実に明記されている。
だが、問題は次だろう。
フランクが鑑定したと言う、ロベルト出生から26年後。
ベラルーシが再度、DNA鑑定を依頼した「今のロベルト」と国王との父子鑑定の結果についてだ。






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