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急に立ち止まった彼は、何やら探し物をしているのか、上着やデニムのポケットをパタパタと叩いて漁っている。




「ごめん、茉莉。さっきのレストランに車の鍵忘れてきちゃったかも……」

「え?本当?じゃあ、直ぐに取りに戻らないと」

「うん。ごめんね、もっかい戻っていい?」

「勿論。一緒に行くよ」




どうやら、今しがた食事をしていたレストランに、ロベルトが車の鍵を置き忘れてきてしまようだ。
二人は再度Uターンをすると、元来た道を戻ってレストランへと向かった。




「ちょっと待っててね」

「うん」




店内に入るなり、ロベルトは店のスタッフに事情を話した。
ロベルトの置き忘れた鍵を店はきちんと預かってくれていたようで、店員は直ぐに鍵を取りに事務所へと向かって行った。




「良かった〜。鍵あったって。やっぱ、ここだったみたい」

「ふふっ、失くさないで良かったね」




今夜、二人が食事をしたこのレストランは極めて庶民的な、親しみ易さの漂う小さな店だ。
店構えが小さい為に、店内の通路も狭い。
出入りする客達の邪魔にならないようにと、茉莉は入口脇の壁際に背中を寄せてロベルトの戻りを待った。
……―――と、その時トンッと。




「……おっと。失礼」

「いえ」




レストランを後にしようとした一人の男性客が、上着を羽織ろうと腕を伸ばした時だった。
擦れ違い様、その男性の腕が壁に凭れる茉莉の肩に軽く当たってしまった。




「すみません、失礼を……痛くはありませんでしたか?」

「私なら大丈夫です。気になさらないでください」

「ありがとうございます。では……」




交わした会釈は手短なもので、男性は茉莉に簡潔に謝罪を口にすると店を後にして行った。
擦れ違い様に誰かと軽く接触してしまう。
こんな事は日常生活の中では良くある場面だ。
だが、茉莉は何の気無しにも男性の顔に見入ってしまっていた。




(チラッとしか見なかったけど、今の男の人……凄くロベルトに似てたかも)




ほんの一瞬の対面だったが、男性の顔は心做しかロベルトに似ていたように思う。
ふわりと跳ねて揺れる猫っ毛のシルエットがそう感じさせたのか。
ちらりと合った目線の先、その男性はロベルトと同じ瞳の色をしていた。




「ごめんね、待たせちゃって」

「ロベルト……。鍵、戻ってきた?」

「ばっちし。折角の茉莉とのデート中だからね。もううっかりは致しません」

「ふふっ!はい、気を付けてください」




だが、そんな事もロベルトが戻って来ると同時に、茉莉の思考から簡単に消え去ってしまう。
「彼と雰囲気の似ている男性が居た」。
実に有り触れた、ただそれだけの話だと―――……。











男性はレストランを後にしたその足で、ある路地裏へと向かった。
メインストリートから二本離れた、ひっそりと静まり返る路地を、男性は陽気な足取りで軽快に歩く。
すると、彼の向かう先に一台のリムジンが停車した。
男性の姿を捉えたのか、停車するリムジンの後部座席から、一人の初老の紳士が降りて来る。




「ロベルト様、困ります。護衛も付けずに、そう勝手に街を出歩かれては不測の事態に備えられないでしょう」




老紳士は溜め息を吐くと、周囲に注意を払いながら「さぁ、早く」と、急かすように男性に乗車を促す。
男性は肩を竦めるジェスチャーを見せながら、老紳士に苦笑を返した。




「大丈夫だって。まだ俺は普通の一般人なんだし。たまには街中でディナーくらい堪能させてよ」




男性の言葉に、透かさず老紳士が切り返す。
穏やかな口調から一変して、少し説教染みた口調のそれで。




「なりません。今でこそ、まだ貴方は一般人に過ぎませんが、ご自身のお顔立ちが人目を余計に引く事をお忘れにならないよう。貴方と"ロベルト様"とは顔立ちが似ているのですから……」

「そんな事言ったってさぁ……」

「致し方ありません。成長したなら、貴方に似ているであろう遺伝子を持つ子を"ロベルト様"に選びましたからな。今のロベルト様が貴方に顔立ちが似ている以上は、貴方まで目立ってしまうのですよ」

「はいはい。分かったよ」

「お分かり頂けたなら結構。では、戻りましょう……ロベルト様」

「は〜い」




「ロベルト」と名を呼ばれる男性は、ゆっくりと発進するリムジンの車窓から街を眺めた。
過ぎ行くアルタリアの街中は夜になっても賑やかで、人々は一様に陽気で明るい。
徐々にスピードを上げていくリムジン。
街の夜景は次々に後方に向かって視界から流れて行く。
遠く、何処までも途切れずに続くアルタリアの夜景を見詰めながら、男性はぽつりと声を漏らした。




「……ベラルーシ」

「はい。何でございましょう?」




この街に、
この国に―――……、




「……いい加減、"ロベルト"は二人も要らないよね」








リムジンはテールランプの残像を赤く通りに残して走る。
窓の外、遠く先に在るアルタリア城を横目に望みながら、男性と老紳士を乗せたリムジンは市街地を走り去って行った―――……。

一方、その頃。
そのアルタリア城では、アルベルトが何処かに電話を掛けていた。




「……ええ。はい。では明日、改めて御相談させて頂きます」




アルベルトは電話を切ると、通話を切ったその手で前髪を掻き分けた。
長く寄せ続けたからだろうか、彼の眉間には皺がうっすらと痕として残っている。
彼が眉間に皺を寄せるのは日頃からの癖だ。
気儘で奔放なロベルトに常に頭を悩まされている彼にとって、眉間の皺は職業病に近い。
だが、今は訳が違う。




「ロベルト様がロベルト様ではないだと?有り得る筈がない。また馬鹿げた話を……」




ぱら、
アルベルトは今しがたの通話相手に電話を掛ける為に開いていた手帳を閉じると、上着の内ポケットに仕舞った。




「ロベルト様がバトン家の嫡子である事は揺るぎない事実だ。あれ程まで王妃様に生き写しなロベルト様を、何処をどうしたら疑えると?全く、嬰児交換だなどと言う嘘八百……信じる訳がない」




アルベルトが電話を掛けた先は聖アルタリア病院。
その理事室へと繋がる直通ダイアルだった。
ロベルトも然り、歴代の王族が聖アルタリア病院で出生している。
そして、出生に纏わる全ての記録が聖アルタリア病院には今も尚、厳重な管理の元に残されている。




「……先ずはDNA鑑定書からだな」




アルベルトは掻き分けた前髪の奥で、瞳を強く剥いた。
タイの少し弛む首元をキュッと正すと、努めて平然と廊下を歩いた。
擦れ違う使用人達と言葉を交わしながら、長く続く廊下を真っ直ぐに歩く。
そのアルベルトの瞳に、一切のぶれは見えない。




「必ず種明かしをしてみせる。ロベルト様がロベルト様だという、真実の為に……」









月は、ただ青白く夜空に浮かんでいた。
静かに、ただただ静かに。
今はまだ幕は開かなくとも、これから起こる悲劇を予感させるように。

真っ暗な闇の中で、月は幕開けの時を待ちながら、静かにアルタリア王国を照らしていた―――……。


















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20141003





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