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ベラルーシは皺の深く刻まれた目元を微動だにすらさせず、国王を真っ直ぐに見詰めた。
その口元に蓄えた白髭の奥で、彼の口は静かに開く。




「そう思ったのではなく、最初から知っていた……と、申し上げるのが正しいのでしょう」

「……何?最初からだと?どういう事だ」




切り出された言葉に、国王とアルベルトが揃って怪訝に眉を顰める。




「今より遡る事、40年程前。国王様も今だ鮮明に御記憶なされて御出ででしょう。全世界から"6か国の畏怖"と呼ばれた、あの6か国戦争の危機から事の経緯は始まっていたのです」

「6か国戦争から……?」




国王の眉が訝し気に吊り上がり、対してアルベルトの眉は酷く下がった。
リアクションは異なれど、二人が抱いた疑問は共通だろう。
ベラルーシの発言は大分飛躍し過ぎている、と。




「6か国戦争が一体ロベルトに何の関係があると言うのだ。40年も前の話だぞ?あの子が生まれる前の話所か、私がルイーザとも出会っていない頃だ」

「確かに、国王様は当時まだ幼く在られた。しかし、その頃より顛末は始まっているのです」

「始まったとは何がだ?……お前は一体、何を知っていると言うのだ」




声を荒らげ、怒りを露にしていた国王も、今では逆にベラルーシの話に耳を傾けていた。
アルベルトも然り。
それだけ彼の発言には不可解な点が多い。
話の意図する所が見えないと、依然として怪訝な表情を浮かべる国王とアルベルトに、ベラルーシは先の言葉を続けた。
過去を振り返るように、まるで、「禁断」の記憶を紐解いていくかの様に―――……。




「6か国戦争が勃発仕掛けた、あの"6か国の畏怖"から十数年が経った頃……。私は先代の国王様より重大な命を授かったのです」

「先代……父上からか」

「当時、側近を務めていた私に前国王様は仰有いました。これから告げる事は、王家の誰であろうとも一切口外をしてはならない。極秘裏に事を成して欲しいと……」

「先代の国王様より、ベラルーシ様だけが直々にご用命を受けたと……。それは一体どういった命なのでしょう?」




アルベルトの問い掛けに、ベラルーシは暫しの間を空けた。
空いた数秒の間に、彼は遠い過去を遡る記憶の旅にでも出ていたのだろうか。
国王とアルベルトの視線を一身に浴びるベラルーシが、ここで漸く核心に触れる言葉を放つ。
それは、
人々から「太陽の国」と謡われるアルタリア王国の、その地盤を激しく揺さ振るだろう―――「事実」。




「まだ生まれて間も無い新生児のロベルト様を、身代わりとして用意した別の赤子と摩り替えて欲しい……と」







……―――衝撃とは、
恐らくこの瞬間の事を指して神は言うのか。




「な……ん、だと?」




国王とアルベルト、二人の双眸が驚愕に円く見開かれる。




「ノーブル様の御助力もあり、6か国間での戦争という最悪の事態を回避したとは言え、我が国では何時戦争が始まるやも知れないという危機的状況が長く続いておりました。そんな中、まだ若かりし頃の国王様……貴方とルイーザ様との間に待望の王子が誕生された」

「待て……待て、ベラルーシ……」

「戦争は免れた。しかし、6か国間に生じた亀裂や不満、不信、疑念はそうそう容易に埋まる溝ではありませんでした。当時のドレスヴァンは6か国以外にネルヴァンとも対立し、リバティは好戦的態度を示し続け、フィリップも軍を撤退させずに国境を占拠し続けた。そして、シャルルにオリエンスと……」

「待てと言うのだ、ベラルーシ……!」

「……国王様。貴方が即位し、6か国協定が結ばれるまでの長き間、我が国は常に開戦の危機と隣り合わせにあったのです」

「そんな事は知っている……!」




バンッ!、
再び室内に響き渡る、国王の拳の叩音。
冷静を保とうと理性を繋ぎ止めていた国王も、ベラルーシの先に続く言葉を予想してか、考えたくもない恐ろしい真実を前に瞳孔が開き掛けている。
肩で息を吐き、動揺を見せる国王に、それでもベラルーシは言葉を続けた。
それは、容赦の無い責め苦にも思える程の―――……。




「……そんな中で誕生されたのがロベルト様です。今となっては6か国の均衡も保たれてはおりますが、あの当時は前国王様も、まだ王子であった貴方も、そして……誕生して間も無いロベルト様も、他国の使者に暗殺されても可笑しくは無い混沌とした時代でした。そして、前国王様は決断をなされたのです。非情なる御決断を……」




仮に、ここで誰か他の者が部屋に入室したなら、恐らく室内を包む異様な雰囲気に息苦しさすら覚えた事だろう。
だが、国王もアルベルトも胸中を渦巻く不穏な予測に、今は空気の重さや淀み等を気に留める所では無かった。

「予測」。
ベラルーシの話を最後まで聞き続けたなら行き着くだろう終着点を予測したアルベルトが、独り言のように心中を溢した。
そう、
正にアルベルトが落としたその声こそが、この「太陽の国」が秘密裏に抱えてきた暗部。
漆黒の闇の正体だ。




「まさか、王家の血を絶やさない為にという名目で……嬰児交換を……?」




ベラルーシは静かに一度、深く縦に頷いた。




「……左様。今、我々がロベルト様だと信じて疑わずに仕えている御方は、言わば歴史が生み出した王家の闇。言い替えれば、本物のロベルト様の身代わりに過ぎない……と、言う事です」




戦慄は雷の様に室内に走った。
突き付けられた事実はあまりに重く、まるで杭か何かに心臓を一突きされたかのようだった。
身体を駆け抜ける衝撃に、耐えようにも金縛りにでも遭ったかのように身動き一つ取れない。




「馬鹿な……。そのような話が本当に……」

「信じて貰えないのは元より承知。謀反と捉えられると覚悟して今日は参りました故……」




沈黙がただ、ただただ流れた。
事実を事実と受け取るには余りにも残酷な、それでいて何処か夢物語の様だと―――……。

ベラルーシは国王の前に一歩、歩みを進めた。
机を叩き付けた片手はそのままに、もう一方の掌で顔を覆う国王に、彼は最後の弁を述べた。




「……国王様。今、こうしている間にも、長い間身分を隠されてお育ちになられた、本物のロベルト様がいらっしゃるのです。貴方と王妃様の間に誕生された、本当の愛すべき我が子が……」
















「ふぅ、お腹一杯になったね。少し食べ過ぎちゃったかも」

「お料理、全部美味しかったもんね。私も今日は一杯食べたから、少しお腹が苦しいかも……」

「え?茉莉、お腹苦しいの?どれどれ?」

「もう、ロベルトってば……どさくさに紛れて触らないの!」

「ちぇ、失敗したか」




レストランを後にした茉莉とロベルトの二人は、駐車場まで歩く道すがら、手を繋いで暫しのデートを楽しんだ。
通りは相変わらず賑わいを見せてはいるが、夜とあってか誰もロベルトの存在には気付いていないようだ。
店々の照明や街灯の明かりが時折ロベルトの端正な顔を際立たせるも、目深に被った帽子が彼の正体を上手く隠してくれている。




「でも、今頃アルベルトさんが怒ってるんじゃない?SPの人を撒いたりしちゃって……」

「へーきだって。それよりさ、折角だからこの後どっか行かない?」

「どっかって何処に行くの?」

「ん〜、ここではない何処か?例えば、人目を気にせずに茉莉と堂々とイチャイチャ出来るような……」

「い…、イチャイチャって……」




ロベルトのこのスキンシップ発言は、二人きりの状況だと毎度の如く投下される。
繋いだ手を軽くブンブンと振りながら、機嫌良さ気に通りを歩くロベルトだが、彼の瞳は意味深に艶めいている。
その悪戯な眼差しからも、絡め合う指と指からも彼の甘さが伝わって、茉莉の胸はこそばゆさにトクンと音を鳴らしてしまう。




「そうだ。確か、茉莉が見たいって言ってた映画の上映って今週までじゃなかった?」

「あ、そう言えば……」

「じゃあ、今から見に行こっか」

「え?いいの?」

「もっちろん。あの映画の前作なら見た事あるし、続編は俺も見たいと思ってたから。それに、映画館なら俺としても願ったり叶ったりだし?」

「何が?」

「そりゃあ、真っ暗な中で茉莉と映画を見ながら思い切りイチャイチャを……」

「しません!映画館だって十分人目があるでしょってば!」

「ちぇー。また失敗したか……」




結局、彼の提案を押し切れない茉莉も茉莉で、この短いデートを少しでも長く引き伸ばせるならと、心の片隅で期待しているのだろう。
アルベルトの怒りの落雷を懸念しながらも、茉莉はロベルトの提案に乗る事にした。
そうして元来た道をUターンして映画館へと向かっていたなら、ふとロベルトの足がピタリと止まった。







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