(2/3)
テオの胸の内が途端にざわっとざわついた。
「嘘だろ?」、「まさかな」と、それらは全て淡い期待を自ら打ちのめす否定的な声ばかりだ。
「じゃあ……夜、時間作れたらアンタの部屋に行くよ」
「うん、約束ね」
心は期待しない事をとっくに覚えてしまっている。
自惚れた挙げ句に打ちのめされないようにと、心にシールドを張る術なら既に持ち合わせている。
「でも、遊ぶったって何をして……。言っとくけど、この島に娯楽的な物は何も無いからな?」
「そんな物で遊んだってつまらないでしょ?折角の南国の海だもん、探検とかしようよ!夜だったら海亀とかに会えるかも……!」
「……はぁ。やっぱりアンタって俺よりガキだよな。発想が」
「ええ?」
きっと、深い意味は無いに違いない。
自由時間を過ごす相手に指名されただけの話で、そこに自分が期待するような意図は更々無いのだろう。
テオは一度、頭を項垂れさせると、「はぁ…」と大きく息を吐いた。
そして、ぱっと顔を上げる。
滅入った時に見せる、彼なりの意識の転換方法だ。
「よし、じゃあ今夜は探検で決まりな!その代わり、絶対に一人にならないって約束しろよ?アンタに何かあった場合、俺一人であの王子達を相手にしなきゃならないって思うと、それだけでげんなりするし……」
「ふふっ、勿論!」
そうして、
テオと茉莉は岩場で二人、暫しの間だが無邪気にはしゃいだ。
眩しい陽射しにきらきらと輝く水面を弾いては、小魚を見たり取ったり、はたまた蟹とまたもや遭遇したり。
気儘に辺りを散策してみたりと、夏のビーチを思う存分に満喫した。
相変わらず間の抜けた仕草を見せる茉莉に、小生意気にもテオが突っ込んだりする関係に変わりはない。
だから―――……、
「まさか、アンタも俺の事……なんて、ある訳ないか。アンタが好きなのはゼンだしな……」
「ん?テオ君、何か言った?」
「別に?」
だから、
自分はこれで十分なのだと、テオは無邪気にはしゃいで回る茉莉を眩し気に見詰めるのだった。
……―――夜。
王子達は何を考えたのか、揃って胆試しへと出掛けて行った。
言い出しっぺは言わずもがなロベルトだ。
ゼンも王子達に同行してしまい、あれ程やいのやいのと騒々しかったコテージも、今はしんと静まり返っている。
「はぁ〜、煩いのが全員居なくなった……」
まるで厄介払いでも済ませたかのように、テオは大きく息を吐き出した。
そして表に出たテオは連なる幾つものコテージの内、とある一つの部屋の扉をこんっとノックする。
「テオ君!」
「行くか?探検」
「うん!」
昼間の約束通り、テオと茉莉は夜の海へと探検に出掛けた。
探検と言っても大した事は無い。
何処までも広がるビーチを行き、岩場を覗いて回る。
周囲には海しか無いのだから、それしか仕様が無いのだ。
「なぁ、これって何処が楽しいんだ?」
「え?夜の海ってわくわくしない?」
「いや、あまりしない……」
「今度はあっちの方に行ってみようよ」
「いいけど……これなら王子達と一緒に山に胆試しにでも行った方が茉莉も楽しかったんじゃないか?……向こうにはゼンもいるんだし」
「あ、テオ君見て。あんな所に洞窟があるよ!コウモリとか居るのかな?」
「コウモリって……普通、そこは怖がるもんなんじゃないの?」
何やら普段より二割増しにテンション高くはしゃぐ茉莉は、童心にすっかり返っているようだ。
年下の筈のテオの方が、茉莉よりもすっかり落ち着いて見える。
呆れながらも茉莉の後に続いて洞窟へと辿り着いたテオは、中を覗き込んで溜め息を吐いた。
隣では茉莉もテオと同じく、肩をがくりと落として息を吐いている。
「残念。洞窟って言っても奥行きはそんなに無いみたいだな。コウモリも居そうにないし……」
「え〜…。コウモリが居ないなんてつまらないよ。洞窟にはコウモリが付き物でしょ?」
「付き物でしょって言われても、そんなアンタ特有の定義なんて知らないって」
洞窟の奥行きは精々、四〜五メートル程度だろう。
行き止まりの壁を月明かりが照らしているのだ、十分に浅いと一目で分かる。
取り敢えず洞窟があれば入ってみるのが定石だと、これまた茉莉なりのよく分からない定義で、一先ず洞窟の中へと二人は足を踏み入れた。
「わ…、こんな小さな洞窟でもひんやりするね。声も反響してるし……」
「多分、波に削られて出来たんだな。満潮になったら半分くらい海に浸かるんじゃないか?ここ」
「え?それじゃあ、ずっとここに居たら私達海に沈んじゃうって事?」
「かもな。どうする?そろそろ潮が満ちてきたりして」
からかうように意地悪な笑みをテオが浮かべる。
脅し半分、茶化し半分で悪戯にそう口にしたテオだったが、茉莉から返ってきた言葉は意外な物だった。
「じゃあ……潮が満ちるぎりぎりまでここに居る」
「え?」
「だって、ここならテオ君とずっと二人きりで居れるし……」
「二人きりでって……」
どくんと、心臓が内側から胸を叩いた。
痛いくらいの強さで、耳に煩いくらいのボリュームで。
「王子様達と皆で騒いだりするのは勿論楽しいよ?素敵な思い出も沢山出来たし……。でも、折角ならテオ君との思い出だって欲しいなって思ったの。だから……」
「それって……相手はゼンじゃなくて?」
「え?ゼンさん?」
自分の問い掛けが的外れな物だった事に気付く。
その証拠に、茉莉は何故ここでゼンの名前が出てくるのかと不思議そうに首を傾げているからだ。
「だって、アンタはあいつが……。茉莉はゼンと一緒に居る方がいいんだろ?どうせなら俺なんかじゃなくて、ゼンと二人きりになった方が……」
「ねえ、待って。何でゼンさんとってなるの?」
「何でって、それは……。だから、茉莉が好きなのは……」
―――――「茉莉が好きなのは?」。
その先に続く言葉に自分を当て嵌める勇気は無い。
無いけれど、
無かったけれど、もしかしてと淡い期待を胸に咲かさずにはいられない。
「もしかしてテオ君、何か勘違いしてない?誤解だよ。私がゼンさんをだなんて、そんな……。違うよ、ゼンさんじゃなくって、私……」
期待なんて抱きようも無いくらいに、彼女はゼンが好きなのだと思っていて、そこに入る隙間すら無いと思っていた。
背伸びをして張り合ってはきたものの、到底あの男には敵いそうになくて、だから―――……。
だから、
このままで十分だと、心は距離を計る事を覚えたのに。
「私が好きなのは、テ……」
そう言い掛ける茉莉の言葉の先を、テオの掌が塞いだ。
突然彼の手に口を塞がれた茉莉は、声が出せない代わりに瞳を瞬いて驚きを伝えてくる。
掌の内、茉莉の唇が言葉を紡ぐのを止めた事を確認して、テオは振り絞るように口を開いた。
「……待った。その先は言わないでいいから」
泣きそうだった。
声も、
多分、肩も腕も震えていたかもしれない。
情けないけれど、立っているのがやっとだ。
「勘違いだっていい。自惚だって構わない。恥なら幾らでもかいてやる。今はそれでも……期待したい。……していいんだよな?」
「まさか」とか、「そんな馬鹿な」とか。
そんな風に自分を守る防御の言葉なら簡単に100は浮かぶ。
けれど、期待をせずにはもういられない。
月明かりに辛うじて見える彼女の瞳は、自分だけを映していて、その瞳の中には他の誰の姿も居なくて―――……。
「俺……俺、茉莉の事が好きだ」
ずっと言いたかった言葉を、
胸に閉じ込めていた言葉を、
漸く音として、声に乗せて放った。
どれくらいの大きさで声に出したのかも自分では分からない。
もしかしたら、小声過ぎて波の音に掻き消されてしまったかもしれない。
それでも、張り付きそうになる喉から振り絞って声に出した。
「好きだ……好きだ、好きだ……好きなんだよ……っ」
片想いだなんて、一言で納めるには納まり切らない想いを、どれだけ胸に閉じ込めてきたのだろう。
一つ口にしたなら、堰を切ったかのように次々と胸から溢れて止まらない。
苦しくて苦しくて、声に乗せて言わずにはいられない。
「茉莉が……好きだ」
ザア――…ン、と。
岩肌に砕けて散る波音が、夜の海に響いては消えていった。
洞窟は波音を反響させて、次々にビブラートを効かせた音を耳に届けた。
どれくらい時間が経った頃だろう。
テオの腕をぱたぱたと茉莉が叩いた。
「……〜っ、ぷは!テオ君、苦し……!」
「え?あ……悪、ごめん!」
茉莉の口に押し合てていた手を、テオが慌ててパッと離す。
唇の拘束を漸く解かれた茉莉は、思い切り息を吸い込むとそれを吐き出した。
「はぁ…!」と目一杯に酸素を取り込んでいる茉莉を前に、テオも我に返ったのか、告白後の気不味さに視線を斜めに逸らした。
「あー…いや、その……何て言うか」
明後日の方向に視線を泳がせて沈黙を乗り切ろうとしているテオに、茉莉は漸く息が整ったのか、ここで口を開く。
「……テオ君」
「え……あ、ああ。うん」
改めて名前を呼ばれて、テオの心臓はどきりと大きく弾んだ。
心境としては、まるで審判でも下される直前みたいだ。
否、審判には違いないのだが。
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