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雨の日デートの利点は、何やら他にもあるようで。




「わ…、これ可愛い」

「うん?どれどれ?」




ショーウィンドウを指差して、お目当てのディスプレイの前で茉莉が立ち止まる。
こんな然り気無いやり取りの場合、大抵はロベルトがひょこっと横から身を乗り出してくるのだが、今日はそれも少し違う。




「えっとね、このチャームの付いたブレスレットが……」




ディスプレイを覗き込む茉莉の頭に、こつんと凭れ掛かってくるロベルトの頭の重み。
一緒になってブレスレットを覗き込む彼は傘を逆の手に持ち替えると、寄り添う側の空いた方の手で茉莉の腰をさらりと抱き寄せた。




「あ、ホントだ。可愛いー」

「……う、うん」




頭頂部にあった彼の顔は、いつの間にやら頬の真横に移っている。
頬同士が触れるか触れないかの距離で、「こっちも茉莉に似合いそうだよね」と陽気にはしゃぐロベルトに、茉莉はこっそりと一人、耳を赤く染めた。
然り気無いやり取りの、その然り気無い部分がやたらと今日はいちゃいちゃしている気がして擽ったくなる。




(な…、何だかいつもよりロベルトのスキンシップが多いような……。傘に隠れてるし、皆からは見えてないよね?)




相合い傘をしているからか、元より近い距離にいる二人の間隔は些細な事にも直ぐに詰まった。
傘を叩く雨音に、相手の声を聞き逃さないようにと耳を傾けるだけでも、身体は自然と密着してしまう。
スキンシップがやたら多く感じるのも、この雨のせいなのかもしれない。

そうして、
そんな流れからロベルトが茉莉にブレスレットを贈るのは、男としては必然の流れなのだろう。
茉莉の手には小さな紙袋が一つ。
中にはラッピングの施された、あの可愛らしいブレスレットが入っている。




「ありがとう、ロベルト。でも、本当に甘えちゃっていいのかな……」

「いいの、いいの。俺が茉莉にプレゼントしたいなって思ったんだし。そのかわり、後で俺に付けさせてね。ちょっとしたおまじないを掛けるから」

「おまじない?」

「そ。俺以外の男が茉莉の手を握ったりしないようにっていう、魔除けのおまじない」

「魔除けって……」

「だって、ウィルりんとかエドちんとか、俺がちょっと目を離すと直ぐに茉莉の手を取ってたりするじゃん?全く、油断も隙も無いったら……」

「そんなおまじないなら、わざわざ掛けなくても大丈夫だよ。私、ロベルト以外の人と手を繋いだりとかしないもん」

「もー、そんな可愛い事を言ってくれちゃうんだから……俺、本気で拐っちゃうよ?」

「ふふっ、もう拐われてるよ?」




雨に濡れないようにと気を遣いながら、茉莉は嬉しさに紙袋をかさりと揺らして歩いた。
水溜まりを避けながら、「あっちは?」、「こっちは?」と、興味のある方へ傘は水を跳ねて街を行く。




「ロベルト、肩濡れてるよ?私は大丈夫だから、もっと傘に入ったら?」

「これくらい平気だよ。それに、男の肩は濡れる為にあるんだし」

「もう、そんな事言って風邪でも引いたら大変だよ。もっとこっちに……」

「もっとこっちに?」

「え?うん。だから、もっとこっちに来て……って、もう!変な意味じゃなくてっ」

「あはは、茉莉顔真っ赤〜。じゃあ、お言葉に甘えてもっとくっついちゃおっかな……えい!」

「ちょ、ちょっとロベルト、近いよ…っ…」




じゃれ合いながら、
笑顔を交わしながら、
そうして、そろそろ何処かに移動でもしようかとロベルトが言い出した時だった。




「実は、茉莉に見せたい場所があるんだけど、今からそこに………あれ?」




ふと、ロベルトが何かに気付いたようで、身体をぎくりと強張らせた。




「うわ……茉莉、こっち!走って!」

「え?」

「いち、にの、さんではいっ、走る!」

「え……え?!」




突然ロベルトにグイッと腕を引かれ、路地裏へと連れ込まれた。
一体全体何事だろうと驚く間も無く、「いち、にの、さん」で本当に走り出す彼に腕を引かれるまま、一緒になって路地裏を駆ける。
何があったのかと驚く茉莉だったが、後方からロベルト目掛けて飛んで来るドスの利いた男性の声に、それも成る程と納得した。




「ロベルト様、お待ちなさい!逃がしませんよ?!」




振り返らずともわかる。
この地響きのように轟く、腹からしっかりと出された怒鳴り声は、茉莉も十分耳馴染みのあるアルベルトだ。




「アルベルトさん?!どうしてここに……」

「何でここに居るのがバレたんだろ?!今日は発信器だって何処にも付いて無かったのに……アルの奴、仕事が段々細かくなってきてるな〜」

「そんな暢気な……」




ぱしゃんっと水溜まりを跳ねながら、何処をどう走ったのか。
一人では絶対に迷子になっていただろう入り組んだ路地裏も、ロベルトは勝手知ったるといった様子でどんどんと進んでいく。
暫く走り抜けた所で茉莉がちらりと背後を振り返ったなら、そこにアルベルトの姿は無い。
どうやら上手く撒けたようだ。




「はぁ……もうアルベルトさんも追って来ないね」




路地裏を抜けて、表通りを横切り、走りに走った二人が辿り着いたのは、市街地からは少し離れた小高い場所。




「でも、俺に発信器が付いてるならそれも時間の問題かも。おっかしいな〜、今日はちゃんと確認したんだけど……あ、あった!」

「何処に付いてたの?」

「俺の傘……。こんな所にまで取り付けるなんて、アルってば執事の域を超えてるよ。これじゃ、スパイか探偵だって……」

「うーん、確かに言えてるかも……。それより、ロベルトったら今日もお城を脱け出してきちゃったの?アルベルトさんも心配してるだろうし、一度お城に戻った方がいいんじゃ……」




走った際に乱れた息を整えて、茉莉はロベルトの様子を窺った。
アルベルトに追われたという事は、つまりはそういう事だ。
デートは終わり。
彼は一旦帰城しなければ。
そう思考は正しく働くも、茉莉の胸は寂しさにちくんと痛い。
だが、茉莉の問い掛けに対してロベルトはしれっと言い放つ。




「ん?戻らないよ?アルなら大丈夫だって。後で俺からちゃんと説明しとくし」

「でも……」

「それに、さっきは話が途中になっちゃったけど、実は茉莉に見せたい場所があるんだ」

「見せたい場所?」

「見せたい場所って言うか、見れたらいいなっていう場所って言うか……。実は俺が茉莉と行ってみたかったりするだけなんだけど、今から行ってみてもいい?」

「いいけど、それって一体……」




「?」と首を傾げる茉莉に、ロベルトはにこっと笑みを返した。
そうして茉莉の手を取ると、彼は愉し気に傘をくるりと回して歩き出す。




「それじゃあ、行ってみよっか」

「うん」




しとしと、
しとしとと、降り続いていた雨はいつの間にやら小雨に変わっていた。
雲の切れ間からは陽が差し込み、木々の葉は水滴をぴちゃりと弾いて緑を眩しく煌めかせている。
二人の間でくるくると回る相合い傘。
傘の柄を回すロベルトの脳裏に浮かぶのは、今朝方目にしたお天気お姉さんの言葉だ。

「今日は一日中、生憎のお天気だけど、午後には一瞬だけ晴れ間も覗くわ」。

ロベルトはそのフレーズを頭で何度も思い起こしながら、その都度、語尾に「うっふん」と台詞を付け加えながら―――、茉莉と共にとある場所へと向かうのだった。













元居た場所から歩く事、暫し。
二人は更に小高い丘の上へと辿り着いていた。




「雨も止んで気持ちがいいね。雨上がりの匂いって、俺好きかも」

「あんなに降ってたのが嘘みたいだね。予報では今日はずっと雨の筈だったんでしょ?一時的にとは言っても、こんなに晴れるなんて……」

「一瞬晴れ間が覗くとは言ってたけど、本当に晴れるなんて……あのお天気お姉さん、侮れないな〜」

「何の事?」




遠く空の端はどんより鉛色。
けれど、見上げた頭上一面に広がるのはソーダ色の青い空。
辺り一帯を漂う濡れたアスファルトの匂いに、陽射しを受けて煌めく水溜まりにと、天気は一時とは言え清々しいまでに快晴だ。
二人の立つ場所に今は傘を差す必要は無く、茉莉は雨上がりの心地好い空気の中、紙袋をかさりと鳴らして歩いた。




「ロベルトが来たかった場所って、ここ?」

「うん。前に茉莉とも行った事がある高台の丁度隣にあるんだけど、ここからも街を眺められるから、見るには絶好のポイントなんだよね」

「見るって何を?」

「ん〜?ヒミツ!あ、その前に……」




ふと、何かを思い立ったらしきロベルトが、茉莉に身体を向き直してスッと手を伸ばしてくる。
彼は茉莉の手元から紙袋を取ると、あのブレスレットを指先で広げて見せた。






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