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一台、二台と、続々とエントランスに横付けされていく高級車。
車寄せに停車するなり、高級車の後部座席からは名だたるVIP達が姿を見せ、彼等を待ち構えていた報道陣達のカメラは一斉にフラッシュを瞬かせる。

……―――聖城、ノーブル・ミッシェル。
今宵、この城で開かれるパーティーには、世界中の華やかな面々が一同に会する。
この絶好の機会を逃すまいと、各国の報道陣達は躍起に、それぞれ興奮頻りな様子でエントランスの光景を中継で繋いでいた。
そんな中、
一際激しいフラッシュの閃光が、一台のリムジンを目掛けて瞬いた。




「……おい、来たぞ!」

「カメラ!カメラを回せ!早くしろ!」




ゆるりと静かな速度でエントランスを回る、一台のリムジン。
車体の先頭の両端ではためくのは、この聖地聖城では滅多に拝む事の無い、ネルヴァン王国の国旗だ。




「レオナルド王子だ!中継を繋げろ!」

「こちら、ミッシェル城前のローレンスです!只今、レオナルド王子がミッシェル城に到着した模様です!スタジオの皆様、レオナルド王子の乗る車をご覧頂けますでしょうか?!」




ノーブル・ミッシェル城に姿を現す事など非常に希な、ネルヴァン王国が王子、レオナルド。
彼の登場に、世界中が注目をしていた。




「……わ、パパラッチ達の数が尋常じゃないですね。報道局のカメラもあんなに沢山……。これ、もしかして皆さん、レオナルド様をお待ちになってるんですか?」




窓の外に広がる異様な熱気を目の当たりにした茉莉は、ごくりと生唾を飲み込んだ。
警備規制が張られる距離を保ちつつも、報道陣やパパラッチ達は今にもロープを乗り越えて、こちらを取り囲み兼ねない勢いだ。
何度となくミッシェル城を訪れた事がある茉莉だったが、これ程まで報道陣やカメラが集まる光景は、今まで一度も見た事がない。




「それだけ物珍しいって事だ。俺がミッシェル城に顔を出すって事がね」

「……はぁ」




二人を乗せたリムジンはエントランスをぐるりと旋回し、車寄せへと静かに停車した。
直ぐ様ドアマンが後部座席へと歩み寄る。
同時に、周囲からはレオナルドの降車を待ち侘びたパパラッチ達から、「王子!」との掛け声が激しく飛び交った。
この異様な状況と雰囲気に、茉莉は改めて自分がとんでもない男のパートナーを務めるのだと思い知らされる。




「世界中がレオナルド様の登場を待っているのに、私なんかがパートナーで大丈夫なんでしょうか……」




完全に怖じ気付いた様子の茉莉に、レオナルドは悠々とシートに凭れながら微笑を漏らして見せた。




「君は世界中の人間から真っ当な評価が欲しいのか?やれやれ、傲慢だな」

「評価が欲しい訳ではありません。ただ、パートナーとしてご一緒する以上、私への評価がそのままレオナルド様の評価に繋がってしまわないかが心配なんです」

「仮に、君の評価が本来あるべき以上に過剰に上乗せされたとしても、それが元で価値が変わるような男じゃないんでね。まぁ、もっとも君への評価が俺に加算されるのは、どんな状況であったとしても嬉しいが」

「……え?」




窓の縁に肘を着き、レオナルドはさらりと言って退ける。




「君に恥はかかせない。だから、そんな事に余計な気を揉んでいないで堂々としているんだな。それに、世界中から評価を受ける前に、先ず俺が君を評価している」

「レオナルド様……」

「どうでもいい女をミッシェル城でエスコートする程、俺も馬鹿じゃないんでね」




それは凄く解り難い、彼からの褒め言葉。
不安や緊張に固まる茉莉を安堵させようとしているのか、言い方は普段のそれと何ら変わりは無いが、彼の言葉の其処彼処から温かな気遣いが感じられた。




「俺に今夜、この城で飛び切りいい女をエスコートする最高の喜びを味わわせてくれるんだろう?期待してますよ」




相変わらずな態度も、
上から見下げる物言いも、そして、この癖のある微笑い方も普段のそれと同じだ。
でも悔しいかな、彼の励ましのお陰か、物怖じしていた心は一瞬にして奮い立たされる。




「……はい!」




彼と一緒なら、何があっても「大丈夫」。
そう思えてしまうのは、偉大な恋のマジックなのかもしれない。




「ほら、行くぞ。出だしでいきなり転ぶなよ?」

「……私に恥はかかせないって言葉、信じてますからね?」

「ははっ、勿論ですよ。存分にこのレオナルドを信用してください。では、姫……参りましょうか」











世界中の賞賛なんていらない。
誰に何を評価されても構わない。
貴方からの誉め言葉、
そのたった一つが貰えるなら―――……、

私は、それだけが欲しいよ。













レオナルド様のプロポーズ
――――――.中編

(2012年8月執筆作品)
2014年12月.全頁改訂
















それはもう、見事なリアクションの数々だった。
レオナルドの参加は事前に公表されていたにも関わらず、彼が姿を見せた途端に出席者達は一様にざわめき立った。
それは、先程レオナルド自身も車内で口にしていた、「物珍しい」。
正しく、そんなような視線が出席者達から一斉に浴びせられた。




(やっぱり、レオナルド様がミッシェル城のパーティーに出席するのって珍しいんだろうな……。でも……)




こくりとシャンパンに口を付けながら、茉莉は右隣にちらりと視線を向けた。
そこにある綺麗な蜂蜜色の瞳は、この異様な様子を前にしながら、何ら動じる事もなく至って涼し気だ。




「茉莉。俺は少し挨拶で離れるが、平気か?」

「はい。じゃあ、私はここで待ってますね」

「一人になったからって、あまり勢い良く飲み過ぎるなよ?ああ、君の場合は食い気が先かな?」

「私はそんなにがっついてますか」

「パワフルな女は嫌いじゃないけどね」

「もう、またそうやって……。大丈夫です。私はここで大人しくしてますから、レオナルド様はご挨拶に向かってください」

「はいはい」




クックと笑みを溢したレオナルドは、茉莉に一度、ひらっと手を振り上げると広間の中心へと向かって行った。
ひそひそと出席者達が揃って声を潜め、好奇な視線を向けて来るのに彼が気付かない筈が無い。
だが、そんな不愉快な視線を浴びながらも、レオナルド当人は毅然としていた。




(珍しさに便乗して色々言ってる人の声も聞こえるけど……そんな事には気を取られないで堂々としてるレオナルド様、本当に格好いいな……)




レオナルドの登場に、大広間は騒然となった。
ざわっとどよめき立つ出席者達からは、レオナルドへの注目の他に、彼を通り越したネルヴァン王国への中傷までもが聞き取れる。
「どうしてネルヴァンの王子が」、「ドレスヴァンの領土でもあるこの地に足を踏み入れるとは何事だ」等と、そんな否定的な私語が其処彼処から聞こえてきて、茉莉は不快に眉を寄せた。




(皆して一体何なの?折角のパーティーだって言うのに、気分が悪いな……)




彼を中傷する私語の主は、殆どがドレスヴァン王国の者達だろう。
だが、囁かれる中傷を物ともせずに掻き分けて、レオナルドは大広間を真っ直ぐに進む。
そんな彼の背中を、茉莉は壁際から眩し気に見詰めていた。




(今日のレオナルド様、本当に格好いいな……)




レオナルドの凛とした姿に、茉莉の胸には熱い物が込み上げてくる。
毅然とした態度で出席者達と挨拶を交わすレオナルドを、茉莉は広間の片隅から静かに見守り続けた。
すると、その時。
「あれ〜?」と、明るく通る声が突然茉莉を目掛けて飛んで来る。




「めっずらしい……レオナルド王子だ」

「ロベルト様……!」




声の主を見遣れば、そこにいたのはロベルト。
彼はレオナルドの姿に驚いたのか、目をぱちくりと瞬いている。




「おや、本当にいらしてたのですね。レオナルド王子とミッシェル城でお会いするのも久し振りだ」

「エドワード様……」

「……へぇ。来るとは聞いていたけど本当に来たんだね、レオナルド王子。君が彼のパートナー?」

「ウィル様も……皆さん、お久し振りです」




ロベルトに続き、茉莉の前に現れたのは各国の王子達。
彼等はロベルト同様、皆一様にしてレオナルドの登場に驚いているようだ。




「え?茉莉ちゃん、レオぽんのパートナーなの?!何でまたレオぽん?ちぇ〜。レオぽんってば、いつの間に茉莉ちゃんと仲良しに……ズルイ!」

「ええっと、あの……?」

「まぁまぁ、ロベルト王子。茉莉さんをパートナーにしたいと願う世の男性は星の数程いるでしょうから。涙を飲む者は、何もロベルト王子だけではありませんよ」

「あの……」




さめざめと泣き真似をするロベルトを、エドワードが親身に慰める光景に、茉莉は何と答えたら良いものか解らない。
すると、今度はまた別の角度から聞き馴染みのある声が茉莉に話し掛けてきた。




「レオぽん……。そうか、漸く顔を出す気になったのだな」

「……ジョシュア様!」




低く、それでいて語尾が優しく抜ける懐かしい声。
グラスを片手に現れたジョシュアに、茉莉は一瞬にして頬を綻ばせた。




「お久し振りです、ジョシュア様」

「ああ。元気そうで何よりだ」




茉莉の挨拶を受けて、ジョシュアが柔らかく目尻を細める。
彼の声にも姿にも、そして何より優しい微笑みにも、かつてドレスヴァンに滞在していた時に見ていたままの変わらない温かさを感じて、茉莉は笑みを溢した。
ジョシュアは広間で歓談するレオナルドをジッと見詰めると、何やら納得した様子で縦に頷いて見せる。




「……成る程」

「え?」

「いや、あれ程此処へは近寄らなかったレオナルド王子が、何故今夜はパーティーに出席する気になったのか不思議に思ったが……成る程な。それは、お前のせいかもしれない」

「私の……ですか?」




レオナルドと茉莉を交互に見遣り、ジョシュアが柔らかく瞳を細める。
彼が何を言わんとしているのか解らない茉莉は、首を斜めに傾げた。
そんな茉莉の頭に、ジョシュアの大きな掌がポンッと降りてくる。






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