(1/6)













レオナルド様のプロポーズ

――――――.後編

















「うー…。今日は一段と寒いな。空も暗いし、雪でも降りそう……」




冷え込みも酷しさを増す、12月。
吐き出す息は白く立ち昇り、厚手のタイツを履いてはいても、吹き抜ける木枯らしに足は震えて悴んだ。
通りの其処彼処に花々が咲き誇っていた街並みは、今はすっかり冬のそれへと色を変えている。
葉も落ちた銀杏並木の下を歩きながら、茉莉は曇天の空を眺めた。




「レオナルド様は今日も公務かな。もう少しマメに連絡を寄越してくれてもいいのに……って、そんな人じゃないか」




シャルルの街は今日も穏やかに時間軸が回る。
カフェで新聞を広げる老紳士や、ホットドリンクを手に散歩を楽しむ恋人達。
マーケットを行き交う人々に、ベンチで気儘に食事を取っている人など、街には今日もゆったりとした光景が広がっている。
そんな中で、茉莉はと言えば落ち葉をザッザッ、と。




「毎日毎日、彼氏が何処で何をしているのかも解らないなんて、結構寂しいんだから……。そんな事、レオナルド様は気付いてもくれないんだろうけど!」




銀杏並木の下、地面に落ちた枯れ葉を靴でザッと軽く蹴散らして、茉莉が溢すのは穏やかではない言葉だ。
レオナルドに対する愚痴をぶつぶつと溢しながら、アパートまでの道を一人歩く。
その手には大きな紙袋が一つ。
乱暴な足癖とは反対に、大切そうに茉莉の手にぶら下がっている。




「連絡なんて思い出したようにメールが来るくらいで、後はいきなり城に来いとか唐突な電話ばかりだし……。あんなに女慣れしてる癖に、肝心な所で女心が解らないなんて……レオナルド様の分からず屋!」




「はぁ」と白い吐息と共に愚痴を吐き出す。
その茉莉の鼻頭は冷えて赤い。




「絶対……ぜったいに私からは会いたいなんて言ってあげないんですからね!こうなったら、寂しいとか会いたいとか、先にレオナルド様に言わせてやるんだから!」




そう悪態を撒き散らしながら並木道を行く茉莉の傍らに、その時ふと一台のリムジンが横付けに止まった。
黒光りする高級車に、「?」と茉莉が横目に車を見遣ったなら、開かれた後部座席の窓の向こうには見慣れた人物の姿がある。




「こんな真っ昼間から不平不満を垂れ流して歩いている奴がいると思ったら、お前だったのか」

「ジョ……ジョシュア様?!」

「お久し振りです。茉莉様」

「ジャンさんまで……。あの、一体どうしてジョシュア様がシャルルに……?」




横付けに停車したリムジンに乗っていた人物とは、ジョシュア。
運転席にはジャンの姿も見える。
突然現れた彼等に茉莉が驚いていると、運転席から颯爽と降りてきたジャンが乗車を促すようにして後部座席のドアを開いた。




「さ、どうぞ。茉莉様」

「え?でも……」

「乗れ。今日はお前に用があって来たんだ」

「私に用ですか?あの、それはどういう……」

「だから乗れと言っている。そんな真っ赤な鼻をしていては、今にカモシカと間違われるぞ?」

「カモシカ?……あ。それって、もしかしてトナカイの事ですか?」

「トナカイ?何を言ってるんだ、お前は。赤鼻と言ったらカモシカだろう」




微妙に擦れ違う二人の空気を察してか、ここでジャンが笑顔で割って入ってくる。




「クリスマスが近いとあってか、最近の公務では子供達からクリスマスソングで出迎えを受けるんです。先日も式典で合唱団の子供達が赤鼻のトナカイを歌いまして、それで……」

「ああ、やっぱり赤鼻のトナカイの事だったんですね」

「何?トナカイだと?カモシカじゃないのか?」

「確かにヴィジュアルは似ていなくもないですが、真っ赤なお鼻の〜と始まるあの歌は、カモシカではなくトナカイになります」




にっこりと笑顔を浮かべながら、ジャンがジョシュアを一思いにぶった斬る。
こういったジョシュアの思い違いは、日頃から非常に多い。
ジャンも慣れたものだ。




「そ……そんな事は知っている!」

「そうでしたか。これは、とんだ失礼を」

「何を笑っているんだ、ジャン!お前も突っ立ってないで、さっさと乗れ!」

「ええ?……はい!」




トナカイをカモシカと間違えた事への照れ隠しか、声を大にしてジョシュアは茉莉に乗車を促した。
彼の機嫌を損ねるのも何だと、茉莉も慌てて後部座席に乗り込むが、彼の用件とやらが一向に見当もつかない。
走り出した車内の中、茉莉は改めてジョシュアに訊ねた。




「それで、私に用があると言うのは、どのようなお話なんですか?」




首を斜めに茉莉が問い掛ける。
彼女の質問に、隣に座るジョシュアは静かに口を開いた。




「先日は気分を悪くさせてすまなかった。その、何だ……お前を泣かせてしまった事を詫びさせて貰いたい」

「先日のって……」




罰の悪そうにジョシュアが瞳を伏せる。
彼の言葉と表情とに、茉莉の脳裏に甦るのは、あの日のパーティーだ。




「そんな……ジョシュア様が謝る理由なんて何処にも……。それに、謝らなければならないのは私の方です。パーティーを騒がしくしてしまって、おまけにジョシュア様や皆さんに挨拶もせずに、お城を後にしてしまいましたし……」

「そんな事は気にするな。寧ろ、お前のお陰であの男を摘まみ出す事が出来たからな。逆に感謝をしている。それより……」

「はい?」




音も無く、静かに走行を続ける車体。
ジョシュアの声が詰まったのを、茉莉も、そして運転席のジャンも耳を澄まして次の発言を待った。
ジョシュアは心配気に眉を下げると、一つの沈黙の後に先を続けた。




「レオぽんの様子に変わりはないか?」

「……レオナルド様ですか?」

「ああ。あの日のパーティーはネルヴァン王国にとっても、レオぽんにとっても意味のあるものだった筈だ。それが、我がドレスヴァンの不届き者のせいで、あんな風になってしまったからな……」

「ジョシュア様……」




普段、会話で1から100までを話すジョシュアではない。
それを茉莉は十分に知っている。
今の彼の言葉は、言うならば30くらいのものだろう。
だが、彼が心からレオナルドの事を心配している想いが言葉の端々から伝わってきて、茉莉は温かさに頬を綻ばせた。




「お変わりはないですよ。寧ろ、何だか以前よりも少しだけ明るくなったような気がします」

「明るく?」

「はい。何て言うか、吹っ切れたような明るさみたいな……。以前は愛想笑いが殆どだったのに、心から笑ってるみたいな……そんな明るさを感じました」

「そうか。吹っ切れた……か」




茉莉の言葉に、ジョシュアはホッと小さく肩を下げたようだった。
安堵したのか、柔らかく微笑むジョシュアを見詰めて、茉莉も、ルームミラー越しに彼を見詰めていたジャンも同じく微笑んだ。




「……と言っても、私もあのパーティーの次の日からレオナルド様にはお会いしていないので、今は様子までは解りませんけれど……」

「ふむ、成る程な。それでお前は公共の場で散々と愚痴を喚き散らしていたと言う訳か」

「わ、喚きって、私はそんなつもりは……」

「何だ、違うのか?あの言い様だと、レオぽんに放置されているのが面白くないとでも言っているように俺には聞こえたがな」

「放置……」




ジョシュアのストレートな発言が茉莉の心臓をぐさりと刺す。
彼が指摘したように、それは正しく図星だった。




(はっきりと放置って言われるのも辛いな……。確かに、今の私ってばレオナルド様から放置されてるのかも……)




……―――そう、
あの日、あのミッシェル城でのパーティーにレオナルドと共に参加して以来、茉莉は彼と連絡すら取れない日々が続いていた。
パーティーでは肌寒さを感じて身震いしていた。
それも今では月を跨ぎ、寒さに凍える12月だ。
久しく会えてもいなければ、何の音沙汰すら無い。
このもどかしい状況に痺れを切らして、茉莉が愚痴を溢していたというのが冒頭に至る事の経緯だ。




(あれ以来、何の連絡も無いなんて……。もしかして私ってば自分でも気付かない内に、また何か仕出かしたりしたんじゃ……)




一つ頭を悩ませれば、二つ胸は不安になる。
ジョシュアの言葉を皮切りに、ぐるぐると考え出してしまう茉莉の心情を察したのか、ジャンが穏やかに口を開いた。




「今はレオナルド様はお忙しい時期でしょうから、茉莉様とご連絡が取れないのも恐らくそのせいでしょう。あまり気に病まれずともよろしいかと」

「レオナルド様が忙しいって……ジャンさん、何か知ってるんですか?」

「おや、レオナルド様からお話は伺ってませんか?」

「いえ、全然……」

「来週末にネルヴァン国王様の即位20周年を祝う祝賀式典が大々的に執り行われるのですよ。レオナルド様もその式典の準備に今はお忙しいのではないでしょうか」

「祝賀式典?」

「何だ。お前は本当に何も聞かされてないんだな」

「……はい」




初めて耳にしたレオナルドの近況。
当の本人からではなく、それを第三者の口から聞かされた事に、茉莉の胸には再び痛い物が突き刺さる。
自分は王子としての彼を本当に何も知らないのだと、茉莉は身体を小さくして悄気返った。







[*prev] [next#]



home


.


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -