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……―――この2週間、
ロベルトを慰めるエドワードと言う構図を、かれこれ何度目にした事だろう。
それは今夜も同じのようで、さめざめと大袈裟な泣き真似をするロベルトが、エドワードの気遣いに全力で甘えていた。




「はぁ〜。茉莉ちゃんがお嫁に行っちゃうなんて……。どうしよう。俺、立ち直れないかも」

「まぁまぁ、ロベルト王子。茉莉さんが幸せになるのは我々としても嬉しい事ですし、ここは喜んでお二人を祝福して差し上げましょう」

「……ねぇ。いい加減、そのくだり止めにしない?」




しつこい程に繰り返されるロベルトのぼやきに、既に飽きた様子のウィルが呆れて息を吐く。
同時に、傍らではジョシュアが激しくウィルに同意だと縦に頷いて見せた。




「全くだ。そもそも、仮にあいつがレオぽんの嫁にならなかったとしても、間違ってもロベルト王子の嫁にだけはならないのだから、嘆いた所で同じだろう」

「ええ?間違ってもって何?!」




例の如くぎゃあぎゃあと始まる、賑やかな会話。
彼等が集えば格式高いパーティーも、然も談話室のような雰囲気へと様変わりしてしまうのだから凄い。
そんな中、エドワードが2週間前の出来事を振り返る。
ネルヴァン国王の祝賀式典、その日に起きた出来事を。




「ですが、お二人や国民の皆さんに被害が無かったのは本当に良かったですね。発砲直前で取り押さえられのが功を奏したのでしょう。銃弾が反れたのが何よりの救いでした」

「ホント、ホント。しかも、あのテロの時に茉莉ちゃんが真っ先にレオナルド王子を庇ったじゃん?それもあって世界中で茉莉ちゃんの人気が凄い事になってるしさ。……はぁ、本当にお嫁に行っちゃうんだなって」

「またそれ?……でも、いいんじゃない。やっぱり彼女は男前だったって事で」

「そうですね。確かに、あの時の茉莉さんは男前でした。何はともあれ、お二人が正式に婚約なされて良かったです」

「しかも、一国の王子が公の場でプロポーズをするって、中々感動的じゃない?あれじゃあ、誰も二人の結婚を反対しようなんて気も起きないもんね」

「あれだけ目の前で当てられては、身分の差など関係無く、お二人を応援したくなると言うものですよ」

「はぁ〜。茉莉ちゃん、お嫁に行っちゃうんだなぁ……」

「……いい加減、諦めたら?」




しつこく泣き付くロベルトをエドワードに任せて、ウィルは傍らに立つジョシュアに声を掛けた。




「ジョシュア王子も寂しい?」




ウィルの問い掛けに、それまで彼等のやり取りを静観していたジョシュアは、少しの間を空けて口を開いた。
相変わらずの無表情だが、彼の眼差しは何処か優しい。




「……いつの世も、娘を嫁に出す父親の心境とは、こういうものなのだろうな」




そう言って、会場を進んで行くジョシュアの背中に、ウィルは小さく微笑を溢す。




「父親……ね。そういう事にしておこうかな、俺も」




ジョシュアは会場を後にすると、廊下で待機するジャンを呼び寄せた。
パーティーはまだ中盤だが、公務の立て込む彼は分刻みに忙しい。
直ぐ様、次の公務へと梯子すべく、ジョシュアは車寄せへと向かうとリムジンに乗り込んだ。




「……全く。ロベルト王子ときたら、いつまで悪足掻を続けるつもりなんだ」




シートに背中を預けるなり、ジョシュアがロベルトへの批難を口にする。
そんなジョシュアの言葉に、ジャンは助手席から笑みを返した。




「ロベルト様も他の皆様も、茉莉様の事は特に親身にお思いなのでしょう。特にロベルト様やウィル様の場合、茉莉様とは年も離れてますから、妹のように慕われているのかもしれませんね」

「それにしたってだな……」

「ジョシュア様も、ロベルト様のお気持ちをお解りにならないでもないのでは?」

「……ふん。俺は茉莉とレオぽんの事を手放しで祝福している。一緒にするな」

「おや。それは失礼致しました」

「何だ。何が言いたいんだ、お前は」




リムジンは揺れもせず、ジョシュアを乗せて静かに走る。
窓の外を流れ行く景色を横目に見詰めながら、ジョシュアはぽつりと呟きを落とした。




「……幸せになるんだな」




その呟きを耳に拾ったジャンは、助手席で柔らかく微笑むとフロントガラスの向こうを見上げた。
乳白色に輝く、月の美しい夜。
ネルヴァン城を後に、ジョシュアとジャンを乗せたリムジンは一路、ドレスヴァン王国へ。
雲も無く、澄んだ夜空の下を真っ直ぐに行くのだった。














「今夜は楽しかったですね。久し振りにジョシュア様や各国の皆様とお会い出来て嬉しかったです」

「そうか?俺は絡まれて散々な目に遭ったけど……。特にロベルト王子には参った」




ネルヴァン城で盛大に開かれた婚約祝いのパーティーも終わり、茉莉はレオナルドと二人、彼の部屋のバルコニーで一息を吐いていた。
城壁の向こうには雪に白く染まった夜景が美しく広がり、夜空を見上げれば星は燦然と輝いている。
「はぁ…」と落とした吐息が白く立ち上る程、今夜の冷え込みは一段と強い。
だが、茉莉は寒さなど気にもせずに、バルコニーから夜景を望んでいた。




「相変わらず君は外に出るのが好きだな。風邪を引くんじゃないか?」

「大丈夫ですよ。後でホットミルクを頂きますから」

「出たな、お子様。残念、今夜はホットミルクは用意して無いんだ。悪いけど、もう少し付き合ってくれ」

「ふふ、はい。付き合います」




そう言ってレオナルドが差し出してきたのは、ワイングラス。
パーティーでも大分堪能していたレオナルドだったが、どうやらまだ飲み足りないらしい。
茉莉も茉莉で程好く酔いは回ってはいるものの、彼の申し出には快く頷いた。
二人、今日という日に何度でも乾杯したい気分だった。




「酔っ払って先に寝るなよ?」

「……う、すみません。もう寝オチません。多分……」




茉莉の隣でレオナルドが微笑う。
その変わりない笑顔に、茉莉は改めてホッと安堵した。




「何?」

「いえ、レオナルド様が本当に無事で良かったなって……。あの時は心臓が止まるかと思いました」

「俺は撃たれたくらいじゃ死なないけど?」

「もう……無事だったから冗談が言えるんですからね?」




……―――あの日、
彼を狙ったのは、反協定派のテロリストの一人だった。
国王夫妻が公の場に姿を現す機会とあって、彼も早くからテロ対策には努めていたらしい。
だが、ドレスヴァンとの連携を推進する彼に照準は定められ、冷酷にも銃口は発砲した。
しかし、それも寸手の所でテロリストが捕らえられた為に、彼は今こうして無事でいる。




「まさか、茉莉が目の前に飛び出して来るとは思わなかった。ミッシェル城でのパーティーといい、パレードの時といい……君には救われてばかりだな」

「救っただなんて、そんな……。あの時は頭が真っ白になって、勝手に身体が動いただけで……」

「でも、そのお陰で庶民出の君がプリンセスになる事に対して、誰も文句も言えなくなった。あの勇姿があったからこそ国民を味方に出来たんだ。これで王族の奴等も諦めがついただろうな」

「諦めがついたって……やっぱり、私との結婚は王族の皆さんから反対されてたんですね」

「まぁ、そう気を落とすなよ。今は王族の奴等も君との結婚には賛成してる。前に婚約者候補を何人か押し付けられていたってだけの話だ」

「こ、婚約者候補?!……レオナルド様に婚約者候補なんていたんですか……」




初めて耳にした事実に衝撃を隠せず、茉莉は思い切り動揺を顔に出す。
余程ショックを受けたのか、一気に消沈して見せる茉莉に、レオナルドはにやりと微笑った。




「婚約者だなんて言ったって、飽くまで候補だ。相手も別に大した事はない。隣国の第2王女に、貴族令嬢に……」

「王女……って、十分大した事ありますよ」

「落ち込んでるの?」

「落ち込んでません」

「へえ、落ち込んでないんだ?」

「何ですか。その落ち込んで欲しかったみたいな言い方は……」

「でも、少しは落ち込んでるだろ?」

「……悪いですか」

「ははっ、顔が膨れてる。そうそう、それが見たかったんだ。フグみたいで」

「フグ?!」




レオナルドがクックッと笑い声を堪える隣で、茉莉は例えに納得がいかないと口を尖らせて拗ねる。
勿論、ご立腹だ。
それにもまたレオナルドが笑う。
その繰り返し。
婚約した所で、この空気感と距離感はいつもと何ら変わりない。
変わりない、二人のやり取り。




「君は見ていて本当に飽きないな。はぁ、笑った」

「悪かったですね!言っておきますけど、そんなレオナルド様の婚約者は王女でも貴族令嬢でもなく、フグですから!」

「そうだ、君だ」

「ざまあみろです」

「酷い言い様だな。段々、口が悪くなってきてないか?」

「レオナルド様が怒らせるからですよ」

「折角の婚約パーティーの夜なんだ。そうカリカリするなよ。じゃあ、これは?」




不貞腐れて膨れる茉莉の頬を、レオナルドは人差し指でツンと突いた。




「何です……か」




―――と、横を向いた途端に茉莉の唇に触れてきたのは、柔らかな弾力。
至近距離を掠める飴色の瞳に、胸は一瞬にしてドキリと高鳴った。







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