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気付けば、視界は涙で滲んでいた。
頬を伝う熱い物で景色は霞み、胸は彼への想いに苦しいくらいに震えていた。




「……っ、レオナルド様……」




飾りも偽りも無く、真っ直ぐに語られる彼の想い。
彼に対する感情が胸の内側に溢れて、呼吸をするより多く涙は零れて頬を伝う。
霞む視界でパレードを見詰めながら、茉莉は耳に押し合てた携帯をぎゅっと握り締めた。
すると、その時。
彼の口から思わぬ言葉が告げられた。




『君が俺の想いに応えてくれるなら、ここから先は直接君に話したい。今直ぐ俺の所まで来てくれないか』

「……え?」




突如、携帯の向こうで告げられたレオナルドの提案に、茉莉は耳を疑った。




『このパレードを婚約発表の場に切り替えるかどうかは、君次第だ』

「レオナルド様……それって……」




耳にした言葉が理解出来ずに、思わず茉莉は声を詰まらせる。
だが、レオナルドは更に先を続けた。
彼の、
その言葉に―――……、




『俺も王子である前に一人の男なんでね。プロポーズくらい、格好好く決めさせてくれ』










……―――「相変わらずだな」と、そう思った。




「ば……馬鹿な事を仰有らないで下さい!パレードの真っ最中に、私がそんな事をしたら……!」

『可笑しいな。君には度胸があると思っていたんだが、違うのか?……はぁ、やれやれ。残念だ』

「こういう場合は度胸がどうこうの問題じゃありませんよ!今日のパレードに何十万人の人が集まってると思ってるんですか?!」

『ああ、安心してくれ。君の周辺にいる警備の奴等には事前に事情を説明している。君が沿道に飛び出した所で捕らえられる事はない』

「……っ、もう!」




相変わらず強引で、
相変わらず威圧的で、
相変わらず人を小馬鹿にする、嫌味たっぷりな微笑を溢して。
そうやって、いつでも人の心を簡単に忙しなくさせてしまう。
心を簡単に動かしてしまう。




「レオナルド様はそうやって、いつも勝手なんですから……っ……!」




そんな貴方に恋をした。




「いいですよ、もう!今、そっちに行きますよ!……っ、私の想いを舐めないでください……!」




貴方に向かって駆け出す、この一歩を絶対に後悔なんてしない。
この恋を絶対に、後悔なんてしない。




『……君は度胸はあるが、本当に泣き虫だな。直ぐ泣くし直ぐ怒るし、直ぐに不貞腐れる』

「…っ…、ひっく。私はそんなに情緒不安定じゃありません!」




人の波を掻き分けて、敷かれた警備網を潜り抜けると沿道に飛び出した。
飛び出したなら、溢れる涙を拭う事も忘れて駆け出した。
彼に向かって、真っ直ぐに。




『それに、よく食べるし、よく寝るし……ああ、後はよく転ぶかな。お陰で危なっかしくて目も離せない。君は何も無い所でも転ぶからな……あれは凄い特技だ』

「特技じゃないです!それに、後半は兎も角、前半は何ですか?!」




パレードの進行方向とは逆に通りを駆け出す自分は、端から見たなら異常に映るのだろう。
その証拠に、沿道からは人々の悲鳴と歓声とが交互に挙がった。
だが、彼が事前に通達していたと言うのは本当のようで、パレードの警備に当たる警察にも、衛兵にも、誰にも何にも止められはしなかった。




『そんな君を愛してる』

「っ、……レオナルド様ってば本当に捻くれてますよね……!」




今、彼に向かって駆け出すこの恋心を、もう自分でも抑える事は出来ない。
出来る筈もない。
駆け出す先に貴方がいる。
その傍に、
これから先もずっと、一緒にいてもいいと貴方が言ってくれるのなら―――……。




「……レオナルド様……!」




頬はもう、粉雪と涙とに塗れて散々に濡れていた。
ぐしゃぐしゃの顔のまま、レオナルドの乗るオープンカーへと駆け寄る。
事態を知らない人々は、王子の元に何者かの不審者が近寄ったと挙って悲鳴を上げていたが、そんな事は今はどうでも良かった。




「茉莉……」

「ひ、っ、……来ました」




当人を前にしながら、茉莉は今だに携帯を耳に押し当て、通話口を通して話している。
そんな彼女に、レオナルドは可笑しそうに微笑った。




「直接話すと言った筈だ」

「っ…ぅ、レオナルド様……」

「……泣き虫」




そう言って、レオナルドは茉莉の手からそっと携帯を取り上げた。
取り上げた際に、茉莉の指が震えている事に気付いたレオナルドが小さく笑みを溢す。




「ほら見ろ。やっぱり君は度胸がある」

「……〜っ、うう!」




人目に慣れていない彼女だ。
当然、震えもするだろう。
これだけの人の中、世界中に中継が繋がれる中を、彼女は真っ直ぐに駆け出してくれた。
公衆の面前に飛び出す瞬間、緊張に足も竦んだに違いない。
心臓が張り裂けそうな思いを強いられても尚、それでも彼女は厭わないと、泣きながら自分を目掛けて駆けて来てくれた。




「君が好きだ……。この俺を、これだけ変えてくれたんだ。この責任は君の一生で以て取って貰う。……OK?」

「…っ……挑む所です!」




そんな君だから、恋をした。













今しがたまでの盛大な歓声が嘘のように消えて、辺り一帯は静まり返っていた。
固唾を飲んで見守る人々の、その手に持たれた国旗は今は揺れる事もなく静かだ。
車外に降り立ったレオナルドが、茉莉の足元で片膝を着く。
その光景が意味する先の展開を、人々は十分に察したようだった。
皆、祈るように一様に手を組んで、この世紀の瞬間を見届けていた。




「これだけの注目だ。ここで俺を振ってくれるなよ?」

「ふふっ、それはそれで面白そうですね」

「……全く、君は本当に度胸があるよ」




通りの前方では、国王夫妻を乗せた馬車が停車しているのが見える。
その先を行く近衛兵の列も、また、沿道に添って配列を組む警備の者達までもが皆、この瞬間に胸を踊らせているようだった。




「それに、私以外の誰がレオナルド様に付いて行けますか」

「……ああ、そうだな」

「1ヶ月近くも音沙汰無しだなんて……他の人なら、とっくに愛想尽かしてますからね!」

「やっぱり、そこを掘り返すんだな……」




片側三車線、警備規制の張られた大通り。
オープンカーでは運転手が晴れやかな笑顔で帽子を掲げ、後に続く衛兵達も行進の歩みを止めて、歓喜の瞬間を待ち侘びている。
この場に居合わせる人々や、中継が繋ぐ画面の向こう側の人達全て、世界中が今、一国の王子のプロポーズを見守っていた。




「悪かったよ。この日の為に色々と時間が必要だったんだ」

「はい……」

「両親には既に話も付けてある」

「……はい」

「後はもう、君次第だ」




レオナルドと茉莉。
二人の間にあるのは、今は静かに舞い降りる粉雪だけ。
彼の蜂蜜色の綺麗な髪に、睫毛に、粉雪は静かに降り積もる。
茉莉は流れ落ちる涙をそのままに、レオナルドの瞳を真っ直ぐに見詰めた。




「茉莉……」

「……はい」




胸に広がる、確かな「想い」。
それを今、
君に、貴方に、伝えたい。




「俺と結婚して欲しい」

「……はい……!」










……―――そう返事をすると共に、キスをした。
その瞬間、沿道では数万人もの人々から一斉に歓喜の歓声が挙がった。
報道陣達は上空からも、沿道からも、興奮頻りな様子で二人の姿をカメラに納める。
だが、それも今は遠く、遥か彼方の出来事のように思えた。




「ひっ、レオナルド様……!」

「……何?」

「レオナルド様ぁ……!」

「泣くなよ。……聞いてやるから、ちゃんと言え」

「大好きです……!」

「……ああ。俺もだよ」




辺り一帯に響き渡る地鳴りのような祝福の声を、まるでBGMのように聞いていた。
二人、交わす口付けは一度では終わらず、呼吸を止めるのも厭わないと、二度、三度と繰り返し唇を重ね合った。
誓いを立てて膝を着く彼に、腰を下げてキスをする。
この瞬間を、胸は一生忘れないだろう。




「世界中が証人だ。これで、君はもう俺から逃げられない」

「そんなの…っ…、とっくに諦めてます」

「ははっ!そう言わずに、そこは素直にYESと言ってくれませんかね」

「……はいっ」




この恋を永遠の物にする。
彼との口付けに、幸福に満たされていた、その時だった。




「きゃっ?!」

「お、おい……おい!あの男を捕まえろ!」




突然、沿道が異様な騒ぎを見せた。
次の瞬間、周囲からは警備の者と衛兵達とが一斉に飛び出して来る。
何だろう、何が起きたんだろう。
そんな風に脳裏に疑問を抱く暇すら無かった。




「レオナルド王子、覚悟……!」




……―――刹那、
沿道から飛び出して来た一人の男性が、彼に銃口を向けた。




「レオナルド様……!」




その声に彼が顔を上げて、ゆっくりと男性を振り返る。
その瞬間、無惨にも一発の銃声が辺りに響いたのだった。












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