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「早くレオナルド様のお姿を拝見したいわね〜!」

「協定を結ぶまでは、あまり公の場には姿をお出しになられなかったからなぁ。いやぁ、楽しみだよ!」




沿道に集まる人達は、皆一様にレオナルドの登場を待ち侘びているようだ。
彼への期待は既に国王夫妻を凌いでいるようにも思えた。




(ミッシェル城のパーティーでは、あんな風に言われていたけど……ネルヴァン王国でレオナルド様がこんなに人気があるのは嬉しいな……)




人々が口々にレオナルドの名を挙げる中、茉莉は逸る想いで沿道を見詰めた。
今から行われるのは祝賀式典の一番の目玉でもある、国王夫妻と王子のパレードだ。
普段、目に掛かる事の出来ない王族の姿を間近で見る事の出来る機会とあってか、大勢の国民達が国旗を手に集まっている。
ネルヴァン城を出発し、広場まで続くパレード。
その中間地点である沿道の一つに茉莉はいた。




(でも、どうしてレオナルド様はこのパレードに私を呼んだんだろう……?)




ふと、そんな事をぼんやりと茉莉が考えていた時だった。
突然、周囲から耳をつんざく地鳴りのような歓声が沸き起こった。




「おい、来たぞ!国王様と王妃様だ!」

「きゃあ!レオナルド様がいらしたわよ!」




ざわっと起きる人々のどよめき。
それは、波のように広がりを見せ、一瞬にして辺り一帯にまで及んだ。
歓声が挙がる先に目を遣れば、厳重に敷かれた警備体制の向こう。
先頭車両を筆頭に、国王夫妻を乗せた馬車が続くのが見えた。
馬車の後に続くのは、レオナルドを乗せたオープンカーだ。




「……レオナルド様!」




だが、流石にこの人混みだ。
茉莉が彼の姿を見るには、どんなに背伸びをしようとも至難を極めた。
垣根のように連なる人々の壁に遮られて、中々彼の姿を目で捉えられない。
況してや、皆が一斉に振り上げる国旗がパーテーションの役目を果たし、彼の姿を隠してしまう。




(解ってはいたけど、この人集りの中で流石にレオナルド様を見るのは難しいか……)




どれだけ背伸びをしようとも、茉莉からはパレードをチラッと見るのが精一杯だ。
こうなるだろう事は最初から解ってはいたが、茉莉は改めて街路樹の下で落胆した。
沿道をゆっくりと進む、国王夫妻のパレード。
其処にいる彼と自分とは、こんなにも遠い。




(そうだよね。レオナルド様は王子様なんだから……。本当は、こんなにも遠い人なんだ……)




つい先月、ミッシェル城のパーティーで彼のパートナーを務めた事が、まるで夢だったように思えてしまう。
彼との距離は遠く、その姿を一目見る事すら難しい。




(恋人同士になれたからって、レオナルド様と私の立場が変わった訳じゃない。レオナルド様と私とは……やっぱり違うんだ)




履いてきた靴を頼りに出来る程、ヒールに高さは無い。
仮に、高いヒールを履いて来た所で何の意味も無かっただろう。
声を大に彼の名を口にした所で、この歓声の前に掻き消されて終わってしまう。
声も届かない、
姿も見えない、
触れられもしない、彼との距離―――……。




(レオナルド様が……今は凄く遠い……な)




ゆっくりと沿道を進むパレード。
レオナルドを乗せた車が徐々に近付いて来るも、それに合わせて背後から人々がどっと押し寄せて来る為、茉莉の姿は更に人垣に埋もれてしまう。
街路樹の下で、どうにか身の安全は確保出来てはいるものの、彼の姿を拝むのは到底無理だろうと、茉莉が肩を落として諦めた、その時だった。




「……電話?」




そんな最中、茉莉の上着の中で携帯が着信を告げる。
こんな時に電話だなんて、とてもじゃないが通話に出れる状況ではない。
そうは思うも取り敢えずと、茉莉は画面に表示された発信者を確認した。
すると、そこには―――……、




「……レ、レオナルド様?!」




茉莉の携帯が報せるのは、レオナルドからの着信。
そう、正に今の今、
パレードの真っ只中にいる筈のレオナルド本人からの電話だった。




「は……はい、もしもし!レオナルド様?!」




茉莉は慌てて着信に出ると、携帯を耳に押し当てながら沿道を見遣った。




『ああ。茉莉?俺だ』

「本当にレオナルド様……なんですか?」




ぴょんぴょんと飛び跳ねて、前に立ちはだかる人々の隙間から茉莉が顔を覗かせる。
パレードの後方に視線を向ければ、ちらりとだがオープンカーに乗る彼の姿が見えた。
どうやら、通話の相手はレオナルド本人に間違いはないようだ。
一瞬ではあったが、彼が車上で携帯を耳にしているのが、この距離からでも見て取れた。




「ちょ、ちょっとレオナルド様!こんな時に私に電話なんて……一体何を考えてるんですか?!」




そう通話口に向かって茉莉が批難を口にするのも無理はないだろう。
沿道に集まった人々は、延べ数万人。
その中には当然、各局の報道陣達の姿もある。
上空にはパレードを中継で繋ぐヘリコプターも旋回しており、今の彼の姿は世界中に配信されているのだ。




「しかも、私なんかに……こんな呑気に電話なんてしている場合じゃないでしょう?!今はパレードの真っ最中なんですよ?!」




通話口に向かって、そう訴える茉莉の目の前に、徐々に近付いて来るパレード。
先頭車両を筆頭に、馬に乗る近衛兵達の行進が正に今、茉莉の前に差し掛かろうとしている。
血の気を引かせて青褪める茉莉に、対するレオナルドからの返事は極めて冷静だ。
彼は穏やかな口調で、ゆっくりと言葉を続ける。




『こんな時だから、電話をしたんだ』

「……え?」




パレードが近付いて来るにつれて、辺りから沸き起こる割れんばかりの歓声。
掲げられた国旗は波のように、視界一杯にはためく。




『茉莉。君に今、どうしても伝えたい事がある』

「……レオナルド様?」




レオナルドは携帯を耳にしながら、車上から沿道を見下ろした。
前方に見えるのは、国立美術館。
その美術館前に等間隔で並ぶ街路樹の内の一本に、彼は目を向けた。




『……いた。其処なら少しは安全だったろう』

「え?レオナルド様から私って見えてるんですか?」

『勿論。この人混みでも直ぐに解るさ。俺が君を見付けられない筈が無い』

「レオナルド様……」

『今から俺が話す事を、そのまま其処で聞いていてくれないか』




街路樹の下に身を小さくして納まる茉莉。
そんな彼女の姿を車上から確認したレオナルドは、一度静かに息を吐き出した。
そうして切り出す、
……―――伝えたい「想い」。




『何を呑気にと君は言ったが、同感だ。今までの俺だったら、間違ってもこんな真似はしなかっただろう。だが……』




鈍色の空。
雲は低く、街を寒気が包む。
凍て付く寒さに頬は痛いくらいだ。
吐き出す息の白さの向こうで、国旗は波のように揺れ続ける。
波のように、
押し寄せる波のように、胸に広がる一つの「想い」。




『誰かの為に、世界中から批難を浴びる事も今なら構わないとすら思える。……そんな風に俺を変えて見せたのは君だ、茉莉』

「……私、ですか?」

『ああ。君と出会って、俺は変わったんだ』




ちらり、はらりと。
視界を上から下へと横切る純白。
空から点となって舞い降りてくる白いそれは、睫毛に乗ると瞬きと共に消えていった。




『君に出会わなければ、一生知らなかった。こんな風に誰かを愛せる自分がいる事も、誰かを守りたいと思う自分がいる事も』

「レオナルド様……」

『君が教えてくれたんだ、茉莉。君だけが本当の俺を見付けてくれて……俺を救ってくれた』




空から放射状に降り注ぎ出したそれは、人々の頭上へ、地上へと平等に舞い落ちる。
降り立つ先を選ばず、降り立つ先の相手も選ばずに平等に。




「なぁ、おい。レオナルド様……あれ、誰かと電話で話してないか?」

「あら?本当ね。パレードの最中にお電話だなんて……何か緊急なご用事かしら」

「……あ、ママ〜!」

「なぁに?どうしたの?」




純白に想いを乗せて、伝えるかのように優しく降り注ぐ。
真っ白な―――……。




「ほら見て!……雪だよ!」




真っ白な粉雪が舞い始める中、茉莉の前には国王夫妻を乗せた馬車が差し掛かろうとしていた。
周囲からは今日一番の歓声が挙がるも、茉莉の耳に今は何も聞こえない。
聞こえるのは、愛しい人の声。
携帯から聞こえてくるレオナルドの声、それだけだ。




『孤独の中にいた俺を君だけが救ってくれた。虚勢を張って、心を隠して……その場凌ぎに取り繕って笑うような、そんな俺に本当の笑顔を教えてくれた』




もう、何も聞こえない。
人々の歓声も、上空を旋回する機体の羽音も、それから目の前を横切って行く馬の蹄の音のそれらも。
愛する人の声以外、もう耳は何も拾わなかった。




『……茉莉。君と出会えた事で、俺の人生は変わったんだ』




滲み出す視界は、降り注ぐ粉雪さえも気付かない。
耳も、目も、
そして心の全てが彼だけに向いていた。






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