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気落ちする茉莉を見兼ねて、ジャンがハンドルをさばきながら気遣うように言葉を繋げる。




「ネルヴァンもドレスヴァンと同様、国王様の即位式典ともなれば様々な行事が併合して行われます。ジョシュア様と同じく、レオナルド様も公務にはストイックな方ですから、今は式典を成功させようと尽力なされているのでしょう」

「はい……」

「ネルヴァン王国の新たな礎を築かれて行かれるのはレオナルド様ですからね。時代の節目を迎えようとしている今、祝賀式典ではネルヴァン王家の真価が問われようとしています」




後部座席からルームミラー越しに見詰めるジャンの眼差しは優しく、何処か安らかな色をしている。
かつての主人を想いながら、かつての故郷を想いながら語る彼の話に、茉莉は真っ直ぐに耳を傾けた。
隣に座るジョシュアは何も口を挟まない。
そこには、ジャンがネルヴァン王国を語る事を許す、ジョシュアの寛大さがある。




「茉莉様が吹っ切れたようだったと言う……その言葉通り、仮にレオナルド様が何かを脱したのだとするならば、もしかしたらレオナルド様も新たな局面を迎えようとしているのかもしれません」

「レオナルド様が新たな局面に……?」

「今はまだ何とも。茉莉様は何も心配せず、レオナルド様を信じてあげてみては如何でしょう?公務が落ち着いたら今に連絡を寄越してくださいますよ」

「……そうですね」




にっこりと優しく微笑むジャンに、茉莉もまた笑顔を返した。
茉莉の隣ではジョシュアが窓の外を黙って見詰めている。
だが、ジョシュアもまた、目尻を柔らかく細めているようだった。

……―――ネルヴァン王国。
その激動の中に生まれて置かれた一人の王子が今、新たな時代を前に生まれ変わろうとしている。
それを心から応援するのは、これまで敵対していたジョシュアに、元執事であるジャン。




(そうだよね。レオナルド様はミッシェル城でも、あんなに気高く凛としていた。誰に何て言われようとも、ネルヴァンの王子として誇りを持ってる……)




彼等が静かにレオナルドを想うように、茉莉もまた胸に想う。
愛しい人、その人の強さを。




(レオナルド様は今、色々な物と戦っている時期なのかもしれない。それなのに私ってば自分の事ばかりだったな……。連絡をくれない事には何かしら、ちゃんとした理由があるのかもしれないのに……)




かさり、
茉莉は膝の上に置いた紙袋を見詰めて、自らの言動を省みた。
レオナルドに対する愚痴を散々と溢した事を反省して、そうして気を改める。




(今はレオナルド様からの連絡を待とう。レオナルド様を信じないとね……悪口ばかり言ってごめんなさい)




そう反省して、茉莉は紙袋を両腕に抱え込んだ。
その紙袋の中に詰め込んだ想いを再確認するかのように、愛し気に、ぎゅっと―――……。














一方、その頃。
ネルヴァン王国では来週末に執り行なわれる祝賀式典の準備に、城中が慌ただしく追われていた。




「レオナルド様。式典でのパレードですが、順路は先日ご説明したようにネルヴァン城を出てから広間に向かって……」




ぱらりと書類を捲りながら、そうスケジュールの確認をするネルヴァン王家の執事。
彼が手にする各資料の多さが式典準備の慌ただしさを物語るだけでなく、その光景からも十分に窺える。
何も、悠長に椅子に構えるレオナルドに対して説明をしている訳ではないからだ。




「警備の都合により変更箇所が一点ございます。大通りを通過した後の順路ですが……」

「順路の話はいい。それより、警備の都合ってのは一体何だ?国王と王妃もパレードに参加するんだぞ。一切の不慮も許されない。協定反対派が式典を機にテロを企てないとも知れないんだ。国王と王妃の警備は厳重にしろ」




颯爽と足早に廊下を歩くレオナルドの背後に付き従いながら、執事は更に説明を続けた。
そう、今のレオナルドには椅子に腰掛ける暇すら無い。




「レオナルド様。こちらが晩餐会での招待客一覧になります」

「……ざっと300か。洗い浚い身元を調べろ。王族直系でない限りは全員を疑ってかかれ。王室記者から給仕の一人まで徹底的にだ」

「心得ております」




険しい面持ちのレオナルドに、執事や側近達の背筋も伸びる。
ドレスヴァン王国と違い、ネルヴァン王国は今だ不穏な情勢が続いている。
ドレスヴァンとの協定を結んで以降、国王夫妻が揃って公の場に姿を見せた事はまだ無い。
祝賀式典では数十万人の国民が沿道や広場を埋め尽くす。
そこに国王夫妻が登場するのだ。
懸念は片手では足りない程、幾つもある。




「一度、執務室に戻る」




冷戦の余韻が根強く残るネルヴァン王国。
協定反対派からのテロに備えて、レオナルドは式典の準備と並行して対策に追われていた。
その最中、流石にレオナルドも疲労が溜まったのか、大きな息を吐いた後で一人、執務室へと向かった。
室内に入るなり革椅子に倒れ込むようにして身体を預けた彼は、深く息を吐き出す。




「……怒濤だな」




「はぁ」と再び息を吐き、レオナルドは髪をくしゃりと掻き分けた。
タイを弛め、襟元を開くと、背凭れを軋ませて大きく天井を仰いだ。




「今頃、どうしているだろうな……」




飴色の瞳で見詰めた天井の先、レオナルドが脳裏に浮かべたのは一人の女性の姿。




「まさか、1ヶ月も放ったらかしにされて、ここぞとばかりに人の悪口なんか言ってやしないだろうな……。いや、茉莉なら言い兼ねないか……」




……―――「茉莉」、
恋人である、彼女の姿だ。




「泣くか喚くか怒るか……笑ってるか。いつでも、そのどれかだからな。最初はあんなにしおらしかったって言うのに……」




ふっと唇から漏れる、柔らかな笑み。
彼女を想えば、自然と笑みは口元から溢れてしまう。
例えどんなに目まぐるしい日々に追われようとも、脳裏に浮かべた彼女の姿一つに、いつでも疲れは嘘のように消え失せた。




「……休んでる暇は無いか。まだ、肝心な事が済んでいない」




この自分を変えて見せた、不思議な魅力を持つ彼女。
その彼女に対する想いは、心の内の何処をどう見渡そうとも、今はもう一つしかない。
揺らがない、確固たる想い。




「……ああ、俺だ。国王に話がある。謁見の間で待っていると伝えてくれ」




レオナルドは休憩もそこそこに、席を立つと執務室を後にした。
国王に話があるからと、そう王付きの執事に連絡を入れて、彼は真っ直ぐに謁見の間を目指して歩く。
未だ済んでいないと言う、彼にとって肝心な話のけりを着けに、レオナルドは謁見の間の扉を叩くのだった―――……。
















それから、一週間後の週末。
鈍色に広がる12月の寒空の下、沿道に集まる大勢の人々の中に茉莉の姿はあった。




「わ、凄い人……!これだと、レオナルド様が通り掛かったって私からは何も見れないんじゃ……」




人の波に揉まれながら、押されながら、茉莉は漸く行き着いた街路樹を止まり木にするように、幹に身体を預けると「はぁ〜」と息を吐き出した。
沿道に集まる人々の数は、数万人に及ぶだろう。
その中に居るのだから、身体は揉みくちゃにされてボロボロだ。




「取り敢えず、言われた場所に辿り着けたのはいいけど……この人出じゃ、レオナルド様からは私を見付けられないだろうな」




人混みに塗れた事で乱れた髪を整えつつ、茉莉は逸る想いで周囲を見渡した。
人々の手には一様にネルヴァン王国の国旗が掲げられていて、老若男女問わず皆が皆、今日という日に歓喜している様子だ。




(下手に動いたら人の波に押されて流されちゃいそう……)




そう、
茉莉は今、ネルヴァン王国国王の即位20周年を祝う、祝賀式典に来ていた。
それと言うのも、一昨日。
久し振りにレオナルドから連絡があり、この式典に来るようにと誘われたからだ。
だが、来てみたはいいが人々の数に圧倒されて、茉莉は街路樹の下で身動きも出来ない。
駅から続く、メインストリート。
その通りを歩いた先の、国立美術館前の街路樹まで来るようにと、彼から指定されていた。




(通り沿いにこれだけの人がいるって事は、広場にはもっと沢山の人が集まってるんだよね。レオナルド様や王家の人気って凄いんだな……)




ジョシュアやジャンから話は聞いてはいたが、祝賀式典の盛り上がりを前に、茉莉は改めてレオナルドの人気を思い知らされていた。
長い間冷戦の緊張下に置かれ続けた人々は、ドレスヴァンと和解し、協定まで結んだレオナルドを英雄のように讃えている。
冷戦の煽りを受けて不況が続いていたこの国の政治的危機も、彼が新たに唱えた政策によって今は上向きの一途を辿っていた。







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