私は暇を持て余していた。
課題も全部片付けてしまったし、友達との約束も特にないし…何して過ごそうかな。
(そういえば…)
この時間帯は和人さんが中庭にいることを思い出す。
私は軽い足取りでアトリエへと向かった。
今日はみんな出掛けているため、ピアノの音もしなければ、油絵の具の匂いもしない。
代わりに、開いた窓から夏風に乗ってやってきた紋白蝶。
(わ、可愛い…)
ひらりひらりと動き回る小さな蝶。
なんとなく目で追っていると、グランドピアノの端にピタリと止まった。
「はは、可愛いお客さんだね」
ゆったりとした声に振り向けば、中庭の手入れをしていたであろう和人さんが顔を出していた。
彼の視線の先は私が見ていたものと同じで、思わず笑みがこぼれる。
「そうですね、お散歩して疲れちゃったんですかね」
そう言って、和人さんの元へ近寄る。
「何か手伝うことありますか?」
「今は特にないかな…ありがとう、美月ちゃん」
「いえ、そんな…じゃあここで見ていて良いですか?」
「ああ、構わないよ」
穏やかに目を細めた後、作業を再開する和人さん。
私は縁側に腰掛け、彼の背中を見つめながら思う。和人さんには花がよく似合うな、って。
毎日欠かさず手入れをしているからか、慈愛に応えるように花たちも生き生きと咲き誇っていた。
(こういう時間、いいな…)
好きな人のそばで、同じ時間を共有する。
簡単なようで難しいこと。和人さんは管理人としての仕事の他に、デザイナーも兼務している忙しい人だ。
最近ではデートらしいデートもしていない。だから少しでもそばにいたくて、口実として家のことはなるべく手伝う。もちろん、彼の役に立ちたいという思いからでもあるのだけど。
(あ、そうだ…)
私はご近所さんからスイカをおすそ分けしてもらったことを思い出す。
真夏の太陽に照らされて、額に汗がにじむ和人さん。熱中症が心配されるこの時期、やはり水分はまめに取ってもらった方が良いだろう。
私は和人さんに提案する。
「あの、スイカ食べませんか?」
「え? スイカ?」
「はい。和人さん、昨日も遅くまでお仕事されてたんですよね? 少し休憩した方がいいかなって…」
そう伝えると、ニコッと笑顔を返してくれた。
「そうしようか」
「今持ってきます!」
私は元気に返事をしてキッチンへと向かった。