ある土曜日の午後。
アトリエからはピアノのやわらかな音色が流れ、リビングでは清田さんがテレビを見ながら舟を漕いでいる。
翔ちゃんの部屋からは翔ちゃんと桜庭さんがきっとゲームをしているのだろう。
ふたりのちょっと賑やかすぎる笑い声が漏れてくる。
和人さんはクライアントとの打ち合わせに出かけていて、栗巻さんは今日一度も姿を見ていない。
そんな風に、四つ葉荘の住人たちは思い思いに過ごしていた。
“美月”と、ふいに声をかけられて振り向くと、パジャマ姿の栗巻さんが部屋から出てきたところだった。
「あ、栗巻さん。おはようございます」
眠っている清田さんを起こさないように、小さな声でそっと答える。
「……美月、ひま?」
「え?」
唐突な質問に思わず気の抜けた声を出してしまった。
「暗室に……行こ?」
あくびをかみ殺しながら、そう言って、栗巻さんはふわんと微笑んだ。
(この笑顔……弱いんだよなあ……
デッサンしようと思ったけど……まあ、いいか)
微笑みを返しながら頷いた私に、栗巻さんは満足そうに目を細めて笑った。
――――
「わあ……すごい、本格的ですね!」
普段あまり立ち入ることのない離れ。
そこに設けられた暗室に入るなり、私は声をあげる。
「美月は、暗室入るの初めて?」
「あ、いえ。ここが完成した時に一通り見ましたけど……まだ機材とかはなかったので」
「……そっか」