ある土曜日の午後。
課題が一段落した創一は、グーッと伸びをする。
喉の渇きを感じ、休憩を挟むことにした彼。
ゆったりした足取りでキッチンへ赴き、コーヒーメーカーに手を伸ばす。コポコポと音を立てて注がれるそれは、心地好い香りを放っている。
たまにはスティックシュガーを一本入れて。冷蔵庫に凭れながらゆるゆると掻き混ぜた。
特に変わりない静かな休日。
最近忙しかったせいか、穏やかに流れる時間にどこかホッとしている自分に気づく。
やがて、マグカップが空になる頃。
(……あ? なんだあれ)
何気なく視界に入ったカレンダー…赤い丸印がついた箇所が妙に目立つ。
2月19日…つまり今日。
近寄って確認すれば、手書きメッセージと眠そうな男の子のイラストつきだ。
"ハッピーバースデー!文ちゃん☆"
(ああ…そういえば今日はアイツの……この字は桜庭さんか?)
裕介の性格なら、にっこり笑って「おめでとう」を言うのだろうか。ささやかなサプライズのひとつでも用意して…
生憎、創一はそんな柄ではない。
(ま、俺には関係ないか……)
若干気に留めつつも、濯いだマグカップを食洗器へ置いた時。ふいにキッチンの扉が開いた。
現れたのは、水玉パジャマな本日の主役。ピョコンと寝癖がついたまま、ぼんやりした瞳に創一を映す。
「……はよ、…キヨ」
掠れた声は寝起きの証拠。既に時計の針は14時を指しているのだが。
創一は呆れて眉を顰めた。
「おはようじゃねーよ、お前その生活リズムどうにかしろ。休みだからってだらけてると、そのうち牛になるぞ」
「む……」
まだ寝ぼけているのか、それとも説教されて不満なのか。曖昧な返事をした文太は、冷蔵庫を開けて中を覗き込んだ。
そしてスッと手に取ったもの。
ホイップクリームの上に、たっぷりとキャラメルソースがかかっているプリンだった。
「……おい」
「……ん?」
「何堂々と目の前で盗み働いてんだよ!」
「名前書いてない」
「書いてなくても俺のだから」
創一は少々荒っぽくプリンを取り上げ、元の場所に戻す。
途端にしょんぼりする文太。
「ケチ……お腹すいた」
斜め下へ視線を落とし、寂しげに瞳を潤ませているかに見える。その様がまるで飼い主に見捨てられた小動物のようで…
創一に盛大な罪悪感がのしかかった。
(んな落ち込まなくたっていいだろ…たかがプリンで。なんか……俺がいじめてるみたいじゃんかよ)
「だぁー!もうっ」
ガシガシと面倒くさそうに頭をかくと、戻したはずのプリンを再び文太へ押し付ける。
「…ほら、やる」
「………」
(って、なんで黙るんだよ)
喜んで食べるかと思いきや、無表情で創一を見つめる文太。
一瞬の間のあと、ぷにっとほっぺたをつねってきた。
「イテっ!今度はなんだよ?!」
「……現実だ。優しいから夢かと思った」
(自分ので確かめろよ!)
そう反論したかったが、喉元まで来た言葉を飲み込む。
文太が心底嬉しそうに、懐っこい笑顔を向けてくるからだ。自己主張の強い創一といえど、そんな顔をされて悪い気はしない。
「…ありがと、もらう」
「おう。……つーか昼飯まだだよな。なんか作ってやるから、それ食べて待ってろよ」
「……キヨが作るの?」
信じられない、と言いたげに。驚きに目を見開く文太に、創一は照れ隠しに口調を早めた。
「い、言っとくけど、カズ兄が出掛けてるから仕方なくだからなっ」
「うん」
創一は表向きの理由を述べたあと、早速腕まくりをして。
プリンの蓋を剥がしにかかる文太を一瞥すると、ポツリと呟く。
「それに…」
(…今日、誕生日だろ?)
決して口にはせずに。
彼に背を向け、フッと密かに口角を上げる創一。
真意を知らない文太は、スプーンをくわえたまま小首を傾げた。
「…? それに?」
「いや別に」
「…そ」
特に変わりない静かな休日。
素っ気ない会話と、素っ気ない態度。何ひとつ変わらないふたり。
でも、しいて言うなら…
彼らの間に流れる空気が、ほんのちょっぴり温かいくらい。
*End*
→あとがき