コン、コン。
(ん……?)
遠慮がちに部屋にノックの音が響き、ベッドから上半身だけを起こす。
枕元の携帯を開くと、光の中に浮き上がった時刻は0時を過ぎている。
コン、コン。
(あ……裕ちゃん……)
聞こえて来たのは、裕ちゃんの部屋とつながる壁からのノック。
裕ちゃんと私だけの、ひみつの暗号。
ベッドから出た私は壁に耳を当てて、2回ノックを返してみた。
…コン、コン、コン、コン、コン。
「ふふ……裕ちゃんたら……」
(ア・イ・シ・テ・ルのサイン……なんてね……)
実は、私も今夜は眠れない夜を過ごしていた。
明日は裕ちゃんとふたりきりでの留守番なのだ。
付き合い始めて3ヶ月ほど経つけれど、その間、裕ちゃんは卒業準備と私は進級準備で忙しい日々を過ごしていた。
どこかへ出かけても裕ちゃんの知り合いが必ずいて、ふたりきりで過ごすことがなかった。
裕ちゃんのノックを確認して、私はそっと窓を開けた。
春の夜はまだ空気が冷たい。
「そんな格好してたら風邪引くぞー」
肩をすぼめて顔を覗かせると、タバコの匂いとともに裕ちゃんに声をかけられた。
「美月のその格好も可愛いけどな……女の子は身体冷やしちゃダメだろ?」
私に向けられる裕ちゃんの瞳は優しい。
タバコを灰皿に押し付けると、一瞬部屋の中に裕ちゃんの顔が消える。
「これ……着なさい」
「え……?」
再び顔を出した裕ちゃんの差し出した手には、いつも彼が着ている上着が握られていた。
「え……でも、どうやって……」
差し出された手に手を伸ばしても、とても届くわけがない。
ニヤリと得意げに笑顔を見せて、裕ちゃんは言った。
「美月めがけて投げるから、裕ちゃんの愛を受け止めて♪」
「ええっ……い、いいよ、自分の持って来るから。落としちゃったら困るし……」
「えー。美月はオレの愛を華麗にキャッチしてくんないの?」