コバルトブルーの街 / 02


 僕は口を噤み俯く。梗慈も同じように黙ってしまい、沈黙が流れる。

「琉生、おまえずっとこっちに寄りつかんかったな」

「……忙しかったから……」

「……そうか……」

「梗慈、ここは……全然変わらんね」

「そやな。あの頃のままや」

 梗慈が無神経にあの頃のなんて言うから、僕はいつの間にか引き出しの奥深くにしまいこんだ古い記憶を引っ張り出してきた。

 僕と梗慈は、幼なじみだ。

 最も、この辺は海ばかりが綺麗で、夏になれば賑やかにはなるが、普段は閑散としていて、大抵の奴が幼なじみなんて状況だ。

 梗慈は地元で1、2を争うやんちゃぶりで、今でこそ黒髪の短髪なんてシンプルで爽やかな頭してるけど、当時は金髪でその前髪鬱陶しくないんか? ってくらいには髪も長かった。それがまたよく似合ってて、そう、かっこよかった。

 それに比べて僕はというと……カワイイ系でありながら、実はその1、2を争うやんちゃぶり発揮していた片割れで、だから梗慈ともよくつるんでたし仲もよかった。

 それでもその頃はまだ子どもらしい純情さも持ち合わせいたわけで、僕はいつの頃か梗慈に恋して、梗慈の言動に一喜一憂していた。僕らはなんとなく自然に付き合うことになって、だけど全然なんにも変わらなかった。

 梗慈が別の子とも付き合ってるって知ったのは、中3のそろそろ進路の決まり出す頃。ムカついて、腹立って、悔しくて悲しくて、僕は梗慈の浮気相手を見に行った。

 もちろん一発くらいは殴るつもりで。

 物陰からコソッと見たその彼は、僕とはまるで正反対。いつも顔を赤らめておたおたして、すごく真面目な年下の子やった。

 その時僕は自分が浮気なんだって悟った。すごく梗慈が幸せそうに笑っていたから。





「琉生」

「ん?」

「あの時は悪かった」

「……なに、今更。終わったことや……」

「ずっと気になってたんや。おまえは卒業と同時になんも言わんで消えてしまったし」

「……」

「おんなじ高校行こう約束してたのにな、裏切ってしもて悪かった」

「裏切ったんは梗慈と違う」

「おまえに裏切らせるようなマネさせたんは俺や」

「……もう、いいやん。それよりあの時の彼は今どうしてんの?」

「あいつは、のうなった」

「は?」

「のうなってしまったんや」

「なんで?」

「あいつ、心臓病で、こっちに療養にきてたんや」

「……そっか……」

「琉生。俺はおまえに甘えとったわ」

 僕はよくわからなくて、首を傾げる。

「あいつに好きや言われて、半分同情、半分浮かれて付き合ってしまった。俺はおまえに後で言ったらいいわ思ってた。おまえにバレて、おまえが身引くようにおらんようになって、俺はおまえのことが一番大事やったことに気ぃついた。あいつのこと放り出して、おまえのこと探して、結局よう見つけやんでふとあいつのこと思い出した時、あいつは病気悪化して死んでしまっててん。俺が中途半端なことしたから、おまえもあいつも傷つけてしまってん」

 梗慈は一気に言うと俯いて、絞り出すような声で

「ほんまに悪かった」

って呟いた。

 僕は、ずっと梗慈が忘れられなくて、だから絶対にこの町には帰ってこなかったのに……

 いい加減、けじめつけようって漠然と思ってここに来たのに……

 僕の心はぐらぐらと動いた。

「ずるいな、梗慈」

「琉生?」

「おまえに会ってしまって、結局自分の気持ち再確認なんてシャレにもなんない」

 一つ、ため息ついて

「梗慈、スィートハウスantique、そこにおるから」

 梗慈のびっくりした顔は、昔と全然変わらない。僕はベンチから立ち上がり、自転車に跨ると

「俺の気持ちが知りたかったら、そこに俺の新作食べに来て」

 あの頃、僕は俺って言ってたのを不意に思い出して口にした。梗慈はふっと笑って

「わかった。近いうちに行く」

と言ってタバコに火をつけた。

 梗慈、待ってる。僕はまだおまえが好きだから。だけど口にするのはお預け。

 僕は坂道を一気に駆け下りた。

 来たときと違って見えるコバルトブルーの海に笑みを浮かべながら。



終 




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