コバルトブルーの街 / 01


 久しぶりに海岸線を学生の頃のように自転車で走る。きらきら輝く海が眩しくて、どこか懐かしい。懐かしい、なんて言えるようになるまで結構時間がかかったけど、何年も経てば純粋に何もかもが懐かしいなんて想えるようになるから不思議だ。

 僕は、椎野琉生。これでもパティシエだったりする。隣り町のスィートハウス『antique』で創作ケーキをせっせと作っている。

 今日はちょっと煮詰まって、何年ぶりかにこの町に帰ってきて、のんびり考え事しながら自転車を走らせている。

 僕は、正直あんまりこの町が好きじゃない。昔のことをどうしても思い出してしまうから。

 思い出したくないほどイヤな思い出かと問われれば、そうとも、そうでないとも言えるんだけど、それでも、やっぱりあんまり思い出したくないと思ってしまう。

 それでも懐かしい潮風の香りに誘われて、僕は自然と昔よく行った場所を目指していた。海岸線を一本入ると、今まで目の前一杯に広がっていた海が嘘みたいに見えなくなり、ぐねぐねと微妙になだらかな坂道が続く。だんだんと息が上がってきて、悲しいかな、自分も年をとったなぁって感じる。

 ……ただの運動不足とも言うけど。

 だけど僕は、記憶にあるコバルトブルーの海を一望する景色に、すでに胸弾ませてゆっくりゆっくりと登って行った。さすがにここまで潮風は香ってはこないけれど、まるで潮の香りに包まれたような安心感がこの町にあって、煮詰まっていたことなんてすでに忘れていた。

 坂道を登りきると不意に視界が開ける。小さな神社が、海を見下ろしている。

 ここの神社の建て方は結構変わっている。まるで神社なんてどうでもいいんだ、とばかりに、鳥居を抜けて一番海が綺麗に見えるところにベンチのように大きな石が三つ置いてある。そこに座って海を眺めると、その背に神社に続く長い階段がある。その階段を登って行けばもっと綺麗に海が見えるんじゃないかと、遠い昔、二人で登ったけど海なんて全然見えなかった。さすがにこれにはがっくりきたことを、今でもよく覚えている。

 僕は鳥居の前で自転車を降り、その懐かしい、昔より幾分か色褪せたそれを見上げた。昔はもっと鮮やかな赤で海の青と対象的だったなぁ、なんてちょっとセンチメンタルになりながら。

 ふうっとため息一つついて、意を決して自転車を押して鳥居をくぐった。風が、まるで歓迎してくれてるかのように優しく木々を揺らした。例の石に近付くとそこにはすでに先客がいた。

 近くに自転車も何もなく、神社の駐車場は坂道の真ん中辺りにしかないので、少なくともそこから歩いてきたのだろう。

 手持ちのコーヒーの空き缶を灰皿にして、片膝立てて煙草を吸っている。どこか懐かしい、見覚えのある背中……

 ぼんやり物思いに耽っていたのであろうその人は、僕の地を踏み締める音に我に返ったように振り向いた。ペコリと軽く頭を下げて会釈した僕の顔をびっくりしたように見て

「……琉生?」

と、呟くように尋ねられる。

 まるで確信は持てなかったけど、それは僕のよく知っている人であんまり会いたくない人、だった……

「琉生、久し振りやなぁ」

 今度ははっきり僕と判って話しかけてくる。

「梗慈……」

「元気、やったか?」

「うん、まぁ……」

「そっか」

 微かな沈黙。僕は自転車をそっと立てて、

「隣り、座っていい?」

と聞いてみる。

「ああ」

「ありがと」

「……今、何してんのや?」

「……ケーキ職人」

「そっか。おまえ、甘いもん好きやったもんな」

「うん……」

「……いつか手作りのクッキー、食わしてくれたなぁ」

「……ほんとは、甘いの苦手やったんやろ?」

「……ぁぁ……まぁ、な」

「でも、食べてくれたよな」

「……手作りのもんってほとんど食べたことなかったからな」

「……なぁ、梗慈は今何してんの?」

「俺、か?」

「うん」

「……」

 黙ってしまった梗慈に、僕は思わず頭のてっぺんから足の先まで眺めた。昔から暴走族やなんやっていろいろ悪いこと結構してきてるのしってるから、つい思わず無意識のうちに格好で判断しようとしてしまった。

 そんな僕に気付いたのか、梗慈は苦笑する。

「……想像通りや」

「……そっか」

 そっか、僕はもう一度心の中で呟く。

「……あのさ、……」

「……あ、あの……」

 思わず二人ではもる。



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