真昼の花火 05
「俺は、随分前に堅気に戻った」
ぽつんとつぶやかれた言葉に桂也は内心びっくりした。あの時、この人はきっと昇りつめるだろうなと思っていたから余計に、だ。
「びっくりしているな」
「まあ」
「いろいろあった。 いろいろな」
「聞いても?」
「何も楽しい話はないが?」
それでも桂也は聞いてみたかった。十年極道の世界に身を置いてきて、辞めると言う発想は今のところない。今後の参考にと言うには私的な感情がかなり入り混じっているが、純粋に周りに堅気になった人間がいなかったから不思議に思ったのだ。
「一言でいうと、跡目争いに負けた側にいたと言うことだ。 かっこよく身を引いたとでも言えばいいか?」
「はあ」
「なあ、桂……也だったか」
「はい」
「昔は俺もやくざを自由業やなんてかっこいいこと言ってたけどな、堅気になって同じように仕事して果たしてどっちが自由かって言われたら、断然今やな。 本当の自由は自由業言わんのやろ」
「はあ」
「哲学の話?」
「いやいや、ママ、こんなちんけな哲学があるかいな」
「いいじゃないの小難しいことは全部哲学で、ねえ。 桂ちゃん、私この間なんて言われたと思う?」
「さあ」
「真昼の花火はどう思うって。 どうもこうもないわよ。 何にも見えないじゃない、ねえ」
「見えないかもしれないけど、多分綺麗ですよ。 おんなじ花火なんで」
律子はへえっと言うような顔をして、分が悪いと思ったのかそそくさと別のテーブルに着いた。何かを取りに来ただけのようだ。
「そうだろそうだろ。 結局は一緒なんだよ。 夜ぱあーっと派手に上がってる時はわらわらと群がって来るくせに、昼に上がったら冷たいもんだ。 そんなもんだよ人間なんて。 けど同じ花火なんだよな…… お前も覚悟してやくざしろよ」
「俺は、あなたに感謝してますよ。 あの時助けてもらったことに。 助けてもらっていなかったら多分俺はいない」
「そんな大した怪我じゃなかっただろうが」
「怪我なんてほっといても治りますよ。 もっと別のもんです」
「そうか。 悪の中に善があったならそれもまた吉だろうよ」
「今度は、また会えますか?」
「そうだな、桂也。 改めて、龍前寺志信だ」
桂也はその名前に思わずグラスを落としかけた。がむしゃらにいろいろな仕事に手を出し始めたときからかなりの確率で聞く名前、どんな物でも、どんな事でも完璧に仲介する仲介屋の名前が龍前寺だった。後日その話を本人にしたら、「おいおいそんな昭和臭い言い方は止めてくれ、ブローカーって言えやんか」と言っていたが、それこそ怪しいことをしているみたいだと思ったのは黙っておいた。
いつの頃からか桂也は休みの日に事務所の監視カメラの映像の前に居座ることはなくなった。
「つまんないの」
在有は至極残念そうに呟いたが、桂也が幸せそうなのでニコリと笑った。そのうち桂也が龍前寺の家に転がり込んで同棲のようなことを始めると
「良かったね、桂ちゃん」
と自分のことのように喜んで、
「ところで、桂ちゃんお付き合いしてるの? してるんだったら桂ちゃんって……どっち?」
と爆弾を投下した。思わず
「馬っ鹿じゃねーの」
と叫んだ桂也は
「わー、すんません」
と平謝りに謝り、悪魔のしっぽを生やした在有に根掘り葉掘り聞かれて顔面蒼白にしたかと思えば赤面し……もっとも軍嗣たちは子猫がじゃれてるよぐらいにしか思っていず、平和なひと時が流れていくのであった。
終
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