真昼の花火 04


「あら、桂ちゃんいらっしゃい」

 砕けた言葉で声を掛ける店のママ、律子に桂也は黙って手を挙げ応える。10年も経てばそんな仕草も似合うようになる。しかし昔から桂也をよく知っている律子はまるで子供の成長を見るような顔でおしぼりを渡す。居たたまれない。

「いつものでいいのかしら?」

「おう」

 手際よく作られたウヰスキーの水割りをゆっくりと飲みながら、そういえばこのボトルは誰が下していったのだろうかと考える。思い出したかのようにこの店に来ればだいたいいつも新しいボトルにネックがかかっている。初めて連れてきてくれたのは古賀だったか、壱膳だったかもう定かではないが多分どちらかの仕業だろう。

 この店のゆっくりと流れる時間が好きである。律子以外にいる女の子も律子もむやみやたらと構ってくるわけではなく、話の中にも無音の一瞬があって落ち着く。客の少なさに幾度となく余計な心配をしたこともあるのだが、律子は特に気にした風でもなくただ笑っているだけだった。

 カランとドアが鳴る。

「あら、いらっしゃい、ご無沙汰ね」

「おう、ちょっと忙しくてな」

 桂也は心臓がドクッとなったような気がした。忘れられなかった声。一度足りと忘れたことの無い声。だけど実際に聞いてみると絶対的な自信はない。振り返って見るなんて下世話なことはできないが、何とか顔を見れないものだろうかと目だけ少し動かしてみる。

「元気そうで何よりやわぁ」

「ママも全然変わらへんな」

「いややわ、5年も経てば昔みたいに可愛くはいてられないわよ」

 二人の話している言葉が遠く感じる。その代わりと言ってはなんだが心臓の音が以上に大きく聞こえる。声を掛けるんだと自分を鼓舞してみてもまるで体は言うことを聞かない。どうにもならい焦燥感の中でなんとかグラスを持ち上げて飲んだ酒は、ただ喉をやいただけだった。

「どうしたの、桂ちゃん? 酔っちゃった?」

「……別に」

 何ともそっけない声が出てしまったが律子は気にした様子もなくチェイサーの水を足した。

「桂、ちゃん?」

 呟くように振り返った彼は、10年という時を経て渋さを増していたが間違いなく桂也の思い人であった。

「あの、久しぶりです。 あの時はありがとうございました」

「ん? ああ、気にするな。 ここでまさか懐かしい顔に会うとはなあ」

 当たり障りのない探りあいの会話もそれなりに面白く時間が経つのが早い。自分に対しても砕けた感じで話してくれる彼にやはり思った通りの人だと勝手に考えたり、あの時とは違いラフな格好にかっこいいと見惚れたり、我ながら重症だと思いながらも桂也は気持ちが高揚するのを押さえることができなかった。

 律子が別の客の所に移動し、カウンターのこの2席だけがまるで切り取られたように別の空間を作り出したころ、不意に彼は苦笑して桂也に尋ねた。

「おまえ、結局いまどうしてんのな?」

「あ……、えー」

 あの時、目の前の男がやくざになるなと言っていたことを思い出し、桂也は途端に歯切れが悪くなる。その歯切れの悪さに思うところがあったのか、彼は

「なんだ、結局やくざになったんか」

と問うた。

 桂也はまるで溺れた魚の様にせわしなく口をパクパク、目を白黒させ、観念したかのように

「まあ……」

と答えた。彼はふっと笑いそうかと呟いた。

 カランと氷の溶けた音が思いのほか響いた。



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