真昼の花火 03


 在有の周囲に目を配らせながら店に入った桂也は珍しく肩肘張らなくて良さそうな雰囲気に首を傾げる。いつもなら緊張で箸が進まないような場所で敷居も高く未だに慣れないものだが、今日の店は比較的普段行く居酒屋に近い。

「桂ちゃん、普通のお店ってこんなんなんだね」

 在有の何とも間抜けな質問に

「そうっすね」

と、桂也も間抜けな答えを返す。

「鵜道様ですね。お連れの方がお待ちです。どうぞこちらへ」

 店の一番奥に一つだけ個室がある。そこに案内される途中、在有は何もかもが珍しいのかきょろきょろと忙しなくあたりを見ている。

「在有さん、余所見してこけんといてくださいね」

「大丈夫だよ」

 そう言ったしりから躓いている在有の腕を掴んで支えた桂也はそっと溜息ついた。

「ありがと、桂ちゃん。 でもその溜息、お子ちゃまやって思ってるでしょ」

 ぷうっとむくれてみせる在有の姿に、それを見て大人とは思えないだろうと桂也は苦笑する。

「なんだ在有、ふくれてんのか?」

「あ、兄さん、聞いてよ、桂ちゃんったら酷いんだよ」

 軍嗣はそうかそうかとでもいうように在有の頭をぐしゃぐしゃと掻き撫で桂也ににやりと笑って

「悪かったな、非番の日に」

と言った。暗にどうせ映像の前に居座っていたんだろうと言われたようで桂也は仕返しのように

「飯食わせてもらってこい言われました」

と告げた。軍嗣はふっと笑って

「どうせまたろくなもん食べてへんのやろ」

と古賀と同じことを言うので桂也は顔を顰めた。本来こんな砕けた態度を許されるような立場にいないが、軍嗣はもう一人の弟とでも思っているようで面白そうに見ている節がある。いつだったか、辰二に養子縁組をするかと言われたことがある。冗談じゃないと思った。若くして組のトップに立つ軍嗣と兄弟になるなんてそれこそ恐れ多いと思ったのだが、その実小野寺の名前を捨てることができなかった。桂也にとってはそれが唯一の手がかりで繋がりで、10年経った今でも諦めきれずにいる恋心なのだ。

 二人のそのつもりはないのかもしれない甘い会話をBGMに桂也は刺身を突きつつ日本酒を傾ける。軍嗣は在有がいる時は決して仕事の話を出してこないので、そうなると特に口をはさむ事も無くただただ酔わない程度に飲むだけである。

「美味しかった」

 最後の締めのデザートも食べ、にっこりと満足げな在有の言葉に

「そろそろ行くか」

と軍嗣が応える。結局辰二は来れなかったようだ。用意周到な軍嗣のことだから初めから声を掛けていなかったのかも知れない。

「車は坂崎でいいですか?」

「いや、もう段取りしてる。 お前は非番なんやから好きにしたらいい。 ほら、小遣い」

「いやいや、遠慮なく好きにはさせてもらいますけど、小遣いって……」

「まあ、飲みに行くにしても抜きに行くにしても軍資金は多い方がいいやろ」

「ほな、そうさせてもらいます」

 その軍資金とやらを受け取った桂也は俺って苦労性やろかとおぼろげにズキズキ痛むこめかみを押さえた。

 ほどなくして二人を見送った桂也はあてもなく煌めく夜の闇に紛れ込んだ。



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