真昼の花火 02


 10年もたてばいろいろな事情も変わって来るものだ。一番変わったのはやはり在有だろうと、坂崎の運転に身を任せ桂也は感慨深げに思う。昔の在有の面影など一つも残っていないのだから、この運転しているまだまだ新入りの坂崎なんかは在有の過去の姿を想像することはきっとできない。それどころか、在有を「我儘な年の離れた親父の弟」と思っている節さえ見受けられる。3年ほど前に軍嗣が組を正式に継いだ。もう少し前からその話はあったのだが、組長代行のままであった。在有が情緒不安定だったからと言うのが大きいだろう。もっとも別に先代の辰二が亡くなってるわけでも病気になったわけでもないのだからそうそう焦ることもないと言うのも理由の一つだろうが。しかしそのおかげで早く隠居生活をしたがっていた辰二から桂也は随分と愚痴られたものだ。美味しい食事に贅沢な空間で贅沢な酒を飲むと言う有難いのか有難くないのかわからないおまけつきで。

 軍嗣が正式に組を継いだ頃から、在有は徐々に自分と言うものを出せるようになっていった。一番年の近い桂也が在有にとっての友達であり、心を許せる相手だったようで、桂也には随分と懐いていた。今から思えばまるで子供の成長に一喜一憂していたようだと流れる景色に溜息を吐く。

「ねえ、桂ちゃん、今日は何食べるのかなあ」

「さあ、なんでしょうね。 まあ、でも旨いもんに決まってますよ」

「ふふ、そうだね」

 にこにこと幸せそうな顔を見ているとホッとする。この顔が二度と曇ることの無いようにと常々思う。バックミラーから少しばかりきつい視線を感じ、桂也は運転席の坂崎に目をやった。坂崎は何故か桂也に憧れているようで、在有が桂ちゃんと呼ぶのが気に食わないらしい。馬鹿馬鹿しい。

「坂崎、お前俺のこと桂ちゃんとでも呼んでみるか?」

 まるで感情の入っていない声で坂崎に尋ねたら

「いえっ、とんでもないですっ」

と返ってくる。目の端に入った在有の顔がどこか不安気に見える。

「なんだ、呼んでみたいのかと思ったんやけどな」

 坂崎の少し青くなった顔を見るでもなしに見て

「在有さん、やっぱり、他の人は呼んでくれないみたいっすよ」

とにこりと言った。

 考えてみれば桂也のことを“桂ちゃん”と呼んでいたのは数人の過去に付き合った女だけで、そう呼ばれなくなってから随分と久しい。在有が呼ぶようになったのはいつの頃だったか、突然だった。桂ちゃんと呼ばれてくすぐったい様なホッとしたような不思議な感覚を、桂也は今でも忘れることはできない。多分、それは憧れ求めていた親の影だったんだろう。軍嗣や辰二が口をそろえて在有にお前がいて良かったと言ってくれるが、本当に救われたのは自分だと桂也は感じていた。

「桂ちゃん、当たり前だよ。 こんないかつい顔した人たちが桂ちゃんなんてきっと恥ずかしくて言えないよ」

「そうですね。 じゃあこれからも在有さん一人ですね」

「うん」

 少しはにかんだ顔が可愛らしい。心が安定してからの在有はどんどんと可愛らしくなっていた。本人はかっこいいと言われたいようで可愛いと言われると頬をふくらまして拗ねるが、そんな姿もまた可愛らしいと言うことには気づいていない。虐待のせいで身体的な成長は残念なところで止まってしまったが軍嗣を筆頭にできる限り甘えられる雰囲気を作ってできる限り甘えさせた結果、本人の希望のかっこいいからはほど遠い可愛らしい青年になった。

 それも在有だから似合うと、桂也は思う。自分を在有に置き換えたら、一週間は寝込めそうだな、と。

「そろそろ着きます」

 物思いに耽っていた桂也は、坂崎の声に引き戻された。



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