雨が降るから 06


 雨はいつか止む。

 当たり前のことだが雨はいつか止むものや。永遠に降り続ける雨なんて俺は未だかつてお目にかかったことがない。今はまだ激しく降っていてもやがて小雨になりいずれは晴れ間が顔を出す。

 穏やかな寝顔を見せる慮来に、こいつの雨はもう止んだんやろうかと考える。





 黙ってしまった慮来と俺の間に静かな時が流れる。この喫茶店は少しばかり居心地の悪いこの空気さえも吸収し浄化してしまうかのようで、ただただひたすらに穏やかな空気が流れていて俺らにはなんとも不釣り合いだ。

「古賀さん」

 意を決したかのような慮来の呼びかけに、俺は持っていたコーヒーカップを置いた。

「さっき古賀さんが言った……」

「ああ」

「……理由に慣れへんのは分かってるんやけど」

「うん?」

「雨が降ってるから……」

 一言そう告げると、慮来は俯き黙り込んだ。何とも抽象的な事を言うものや。抽象的と言うよりは詩的なと言った方がいいのか。だけどそれが決していい意味でないと言うことはすぐに想像がついた。

 「雨、な」

 ごめんなさいとますます小さくなる慮来を見て、俺は決して責めてるわけでも責めたいわけでもないんやけどなと心の中で溜息を吐いた。

「なあ、慮来。 そしたらお前はその雨を止ませたかったんか?」

「え?」

 慮来は自分のその答えにまた質問が返って来るとは思っていなかったのか、びっくりしたように顔を上げた。

「あ…… 俺、止ませたかったんかな? ただもう溺れてしまいそうで、苦しくて、苦しくて……」

 多分、それは慮来のSOS。それ以上の言葉を口にすることはなく心の中でずっともがいて言い続けてきたのだろう、誰にも気づかれないSOSを。

「慮来。 苦しくて、それでお前はどうしたかったんや?」

 呪縛から解こう。虐待という目に見えない呪縛から。何度も口を開き、また閉じ、ようやく、本当にようやく

「……助けて」

とぽつりと囁く様につぶやいた言葉とほろりと零れ落ちた涙。俺はそれを受け取った。

「わかった」

 その日、俺は泣き止むまで慮来に付き合って、自分の家に慮来を避難させた。





 あの時俺は純粋にこいつを助けたいと言う気持ちと、どこかまだ俺のあずかり知らぬところでこいつを手放したくないと言う気持ちがない交ぜになっていたのかもしれない。いや、そこに罪滅ぼしだったり、偽善的だったりそういうものも含まれていたのかもしれない。

 家庭不和から来る精神的虐待とネグレスト。その逃げ道を琴刃は家庭内暴力に見出してしまっただけで、奴もまた虐待の被害者だった。結局琴刃は一人暮らしをしながら高校へ通うことになり、少し落ち着いた顔で慮来に謝りに来た。慮来はびっくりしたようだったが自分も気付いてやれなかったと謝っていて、その光景を見ていた俺は米つきバッタのようだと笑っていたら二人におっさんだと言われて不機嫌になったのは言うまでもない。

「おっさん、 ……俺にとって神さんやな」

「は? お前ヤクザ捕まえて何言っとんのや。 そんなもんに憧れんなよ」

「分かってる。 でも神さんには変わりないよ。 おっさん、慮来をよろしく」

「ああ、何か困ったことがあったら言うて来い」

「……おっさんが言ったら怖いな、なんか搾り取られる?」

「アホ、大人の了見や」

 じゃあと手を挙げて行ってしまった琴刃を見送って、

「一緒に住まんでよかったんか?」

と慮来に聞いた。

「うん。 俺は、古賀さんと居たいから」

「龍惺。 お前も古賀さんやろ?」

「あ、うん、龍、惺……」






 照れて笑う慮来を思い出し、こいつの雨が止んでいればいいと、雨に祈った。



終 




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