雨が降るから 05
何気に自分が歳やと悟った。
「桂也、若いな」
「は? 何言ってんすか」
「いやいや、世代交代の予感?」
「わけわかんね」
お? 珍しく年相応の言葉が出たやないか。
「あ、……すんません」
途端にしょぼんとする桂也、なかなか可愛いい。
「あの、古賀さん」
おっと、まだ慮来の首根っこ掴んだままやったな。
「わりぃわりい……おい、慮来」
慮来の顔を覗き込んだ俺は思わず絶句した。さっきは咄嗟やったから気ぃつけへんかったけど慮来の顔には見事に殴られた跡。
不意になんで慮来は人を刺そうと考えたのか気になった。刺した者と、刺された者。やはり俺が聞かんことには、慮来もその理由を口にせんやろ。今更ながら少しばかり気が重い。それでもそれは大人の責任やと思った。
あの刺された夜にほっといたらあかんと感じた自分の直感、それから目を背けたらあかんような気がする。
「なあ慮来、一コ聞いてええか?」
戸惑いながらも頷く慮来に責められてると感じさせないように注意しながら、
「なんでお前は人を刺さなあかんかったんや?」
と静かに聞いた。なんで人を刺さなあかんかったんや。その言葉に慮来ははっとしたように俺の見、やがて目を反らす。
躊躇いと、不安と、後悔……
こんな時に不謹慎だがそのころころと変わる表情に、小動物のような可愛さを感じる。守ってやりたい、助けてやりたい、笑っているところを見たい、と。
「お茶でも飲むか?」
我ながら陳腐なセリフだと思った。いい年した大人が、しかもこの稼業でそこそこ身を立てていて、それがこんなセリフやから密かに情けない。それでも慮来にはそれがよかったみたいで小さくこくりと頷いた。
黙ったまま歩き出した俺の半歩後ろを歩く慮来、更に一歩後ろを歩く桂也。桂也は微かに戸惑っているようで、少し離れたかと思えばまた足早に定位置のわずか後ろに戻ってくる。その足音が桂也の戸惑いを如実に表していた。
組事務所からほど近い所にある、レトロと言えば聞こえのいい古めかしい喫茶店。組長はじめ、鵜道組員が常連となっているある意味可哀想な喫茶店や。
カランと乾いた音が鳴り、奇妙な間を開けて三人が入る。俺と慮来は奥の方のテーブルに、桂也は入り口すぐ横のカウンターに。
外見とは裏腹に珈琲を頼む慮来を見て、ああ、こんなナリをしていてもやっぱり男やなあと間抜けな事を考えながら観察する。問い詰めることはしたくないし、焦らせるつもりもない。ただゆっくりと流れていく時間が嫌いではないなと思う。俯いて何か考える風な慮来が口を開いたのは、珈琲が運ばれてきて一口飲んだ頃だった。
「さっき琴刃って呼ばれていたの、俺の双子の片割れです。 俺と琴刃はあまりにも似ていなくて、琴刃は自分とあまりに違う俺を昔から嫌ってた……」
発端は兄弟喧嘩かと呑気に構えて聞いていたが、わずかに慮来は顔を顰めて、
「琴刃だけやなくて、親も俺のこと良く思ってはない…… 琴刃は勉強もできるし運動もできる。 明るくて面白いから人当たりもいいし、だから人も集まってくる。 でも俺はなんて取り柄もないし、そんなに楽しいやつじゃないから……」
「だから、いじめられても仕方ない、か?」
「そんなことっ……」
泣くまいと必死にこらえそれでも毅然と言い返せる慮来がどうして彼らに反撃ができないのか、頭を過った嫌な言葉が現実味を増す。
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