雨が降るから 04
雨は降り続いている。
煙草を消し、そろりとベッドから降りたら隣に眠る慮来が身動ぎする。何かを探る様子の寝入った体が微かに笑えて、安心させるように細い体をぽんぽんと軽く叩けば、へにゃりと笑い大人しくなる。その仕草は何時見ても可愛い。俺も重症やな。
キッチンで乱暴に捻って注いだ水道水を飲み、降り止まぬ雨に目を向ける。
病院で慮来と再会した後、俺は
「俺の怪我は気にすんな」
と家に帰した。やくざに関わらせたくないと思ったのと、俺自身が関わったらあかんと考えたのと、果たしてどっちが本音だったのか。
その時の俺はなんで慮来が人を刺さなあかんかったんかなんて考えつきもせんかった。案外、抜けてる。いや、あまりにも人を刺すと言うことに不釣り合いな容姿をしていたせいやろ。比較的小柄な女の子顔負けの可愛らしい顔で、どこかおどおどしたような態度。考えてみたらおかしいと思えることがアホほどあって、そやけど俺はそのことを追求するより、こいつがそんなことするわけはないと現実逃避することを選んでしまった。
自分でも無意識のうちに。
「あいつ、どうしてんかなあ」
雨が降ると退院したての完治したと言いがたい体の傷が疼く。
「は? ああ、あの時の」
壱善が書類から顔を上げて答える。
「そんなに気になるんやったら連絡先くらい聞いとけばよかったんすよ」
呆れたように言うもっともな答えが憎らしい。些か大人気ないと思いつつも俺はムッとして
「ちょい出るわ」
と言えば、壱善は仕事の手を止めてついて来ようとする。文句言いたげな澄ました顔がほんまに可愛げない。
「おまえはそれ片付けとけ。 桂也っ」
「ぅわっ、はいっ」
「出るぞ」
「っあ、はいっ」
桂也はばたばたと手にしていた掃除道具を放り投げるように片付けて慌ててついて来る。組に入ってまだ日も浅い桂也はいつも緊張していて、決して可愛らしいと言うようながたいではないんやけど、その細い体付きと見た目に似合わない幼い仕草がどことなく慮来を思い出させる。
出るぞと言ったものの、別に行くところもない。ただぷらぷらと歩けば十何年も付き合いのある煙草屋の爺さんが
「お、生きとったんか」
と声をかけてくる。
「爺さんもな」
ほっほっほっとじじい独特の笑い声に送られて少し足を延ばしてみる。
「おい、桂也」
「っはいっ」
「慣れたか?」
「はい、なんとか」
言葉とは裏腹に緊張した声が聞こえる。高校時代かなりやんちゃくれだったと聞いたが、その面影を感じないくらいに大人しい。俺はふと笑って
「猫被っとんな」
と言えば、そんなことはないと慌てたように首を振る。桂也をからかいながら、知らず知らずに随分と歩いて来たようだ。まぁ、リハビリにいいやろう。さっきまで緊張していた桂也も、少し肩の力が抜けたように見える。
不意に目に飛び込んで来た姿が、あの雨の日と重なる。
デジャビュ。
つくづく俺の目の前に飛び出してくる奴や。もっともこの前は飛び込んで来るところが見えてたわけやないけど。
「す、すみません」
後ろを気にしたような態度に、焦った声。早くと焦りを感じてるのに上手く足が回ってないような、そんな変な感じのもつれたような足の出し方。
俺はずいっと首根っこを掴み、
「慮来」
と呼びかける。はっとしたように俺を見上げる慮来が、
「古賀さん」
と呟く。ぱらぱらと降っていた雨はいつの間にか止んでいる。ばたばたと数人の足音。少し暴れる手の中の慮来。
「りょっくちゃぁん」
なんとも間抜けな声が足音と共に聞こえてくる。
「慮来?」
俺の手にがたがたと小刻みに震える慮来の体温が伝わる。怯え、か? 現れたのは慮来と同じ制服を着た男が三人。
「おっさん、そいつこっち渡してよ」
おっさん、な……溜め息出そうやな。
「おっさん、痛い目あいたなかったらそいつ渡せよ」
「おっさん、なぁ。 傷開いても困るしなぁ」
はぁぁ。舐められたもんやな。ほんまに溜め息出たわ。
「おい、俺が相手してやろうか? あ?」
ずいっと前に出たのは桂也。
「おいおい、桂也。 堅気さん相手やぞ」
呆れたように言う俺の言葉は最後の方は届かんかった。
「げ、小野寺桂也」
「やばいてよ、あいつ、卒業してやくざなったて聞いたぞ」
おいおい、有名人かよ。ああ、こいつの本性これかよ。
「関係ねぇよ」
「でも琴刃……」
「とにかく、行こうぜ」
来た時と同じ様にばたばたと去って行く高校生たち。
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