雨が降るから 02


 話の早い奴で助かる。俺は大体の場所を告げ電話を切ると、塀にもたれかかった。雨が一層激しく降って来るから煙草の一本も吸えない。壱善が来るまでさほど時間はかからず、奴の手を借りて助手席に乗り込む。ご丁寧にナイロンシートまで敷いていて俺は半ば呆れる。

「お前ほど用意周到な奴はおらんよな」

 溜め息混じりに呟く俺に、

「一人で来い言うことはバレたら困る言うことですよね?」

壱善は呆れたように言う。穏やかな口調とは裏腹に車はかなりのスピードで進んで行く。

「輸血いったらまずいんで斯波先生に連絡入れてます。どんな怪我でも警察には黙っといてもらえるように頼んでます」

 壱善はお抱えのモグリの医者ではまずいと判断したようで、富勇会で世話になっている斯波医院にすでに連絡を取った来たようで俺は舌をまく。

「うちはお前みたいなんがおって安泰やな」

「……そんな御託はいいですからどんな奴に刺されたんか教えて下さい。何か理由つけて探させます」

「そうは言うてもなぁ、この雨やからなぁ」

 呑気に答えながらも激しく睡魔に襲われる。それがわかっているからか壱善は間をあけることなく喋り続ける。

「……あぁ、若かったな。高校生か、大学生くらいやな、多分」

「とりあえずそれで探してみます」

「なぁ壱善、どんな奴でもとりあえず無茶なことせんで会わせてくれ」

 漠然と、自分を刺した奴に会わんとあかんと思った。なんでかわからんけど自分のその勘を信じていた。

 そんな話しをしているうちに病院に着き、俺は壱膳に手を借り歩いて病院へ入り、斯波先生を驚かせ、呆れさせ、その顔を見て意識を失った。




 次に目が醒めた時は、昨日の雨が嘘のような快晴やった。この怪我さえなければどこかにふらふらって行きたくなる。

 坊に連絡いれとくか。

 憂鬱なことを考えて、天気とは裏腹に重たい溜め息を吐く。

 富勇会系鵜道組若頭補佐。

 それが現在の俺の肩書。一年程前まで俺はこの組の若頭をしていた。その時も多忙やったけど、今の方が充実した多忙さや。

 一年前に組長、鵜道辰二が身代わりで狙撃を受け、とにかくてんやわんやな状態に陥った。その時多少粗いながらもその力を発揮し世間にその名を知らしめたのが、鵜道軍嗣、オヤジの実の息子である坊である。

 やくざの跡目は別に世襲制なわけやない。けど、常々頭に立つ人間やない思っていた俺はその坊の荒削りな力量に魅了され、オヤジに坊を跡目にするよう進言を繰り返した。

 始めは渋っていたオヤジも俺が

「命を懸けて支える」

と言うんにとうとう折れて。もっとも半年はかかったけど、説得すんのに。一般企業やったら降格になるだろうそれは、 俺にとってあるべき所にあるべきモノが収まったという感じだった。

 電話を掛けに行くのに病室を出ようとベッドから体を起こそうとして情けない鈍痛に襲われる。ちょっと刺されただけでこのざまじゃぁ情けねえな。思わず深く溜め息吐きそうになる。痛みを我慢して携帯と煙草を手に、俺は外に向った。

 誰もおらんつもりで壁を伝いながら歩けば、少し後ろから来る壱善が目に入る。壱善に来んでいいと目配せすれば俺の視界から消える。もっとも視界から消えただけで、奴のことやから後ろからついて来てんやろ。

 俺は気にしないことにして待合室まで降りる。





 灰皿は外にしかなく、イヤになるくらいの日差しを浴びながら煙草に火を点ける。太陽がこんなに高いうちに外に出てのんびり煙草を吸うのはどれくらいぶりやろ。当然血が足りてへん俺には結構きついわけで、それでも呑気に

『たまには光合成でもしとくか』

なんて考えた。まさかそこで真っ青な顔して倒れた子どもを助けることになるなんて思ってもなくて、俺は煙草を咥えたままその体重を傷に感じながら受け止めた。

「おいっ、大丈夫か?」



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