約束 05


 在有は金魚すくいを堪能したためか、あとは特に何がしたいと軍嗣に言うこともなく、露天を眺めて楽しそうに笑っている。

 片手には軍嗣に持たされたフランクフルト。もう冷めてしまったけど、まだ一口しか口にしていなくて、大事そうに持っている。

「在有、次かき氷でも食べるか?」

「うんっ」

 軍嗣が聞けば元気な答えが返ってくる。

「ほな先それ食ってしまえよ」

 在有は名残惜しそうにしながら一気に食べ、また次の食べ物を手にする。何度かそれを繰り返し、軍嗣と手を繋いだままぷらぷら歩いていて、お祭りの音と少し違う音色を聞いたような気がして、在有はふと芳野がお祭りにダンスも催されていると行っていたことを思い出した。

「お兄ちゃん、ダンスもやってるって芳野さん言ってたよ」

「ああ、そう言えば今年は婆沙羅ってとこが踊る言うとったな。行ってみるか? 近くでやってるっぽいしな」

「うん、行ってみたい」

 婆沙羅が人を集めているのか、徐々に増えてきた人の数に飲み込まれて軍嗣とはぐれてしまわないように、在有はしっかりと軍嗣の手を握りなおした。二人がその婆沙羅の踊りを見られたのはほんの少しだけだったが、在有は楽しそうにどこか羨ましそうに見ていた。

「在有、なんかやりたいこと見つかったらすぐ言えよ」

「うん……」

「焦る必要はないからな」

 軍嗣は在有の頭を撫でながら言う。今までの生活を考えればすぐに見つかることはないだろうけど、それでも軍嗣は言わずにいれなかった。学校にすら行ってなかったのだ。

 軍嗣は一生をかけて在有を守りたいと思っている。しかし、極道の自分に在有を縛りつけていいものかどうかも悩んでいる。本当に在有の幸せを考えるならなんとか独り立ちできるように考えてやるべきか、と。

 そんなことをつらつらと考えていると人の気持ちの機微に敏い在有は、不安そうに軍嗣を見上げていた。軍嗣は苦笑して在有の手をしっかり繋ぎなおし、安心させるように笑う。

 在有は少しほっとした顔を見せ、あんまり軍嗣ばかりをみて歩いていたものだから、豪快に前からよたってきた酔っ払いにぶつかり転びそうになる。軍嗣は繋いでいた手をひっぱり在有がこけないように支え、

「大丈夫か?」

と問い、酔っ払いの男に謝る。

「あぁ、聞こえへんなぁ」

 軍嗣には絡んでこず、在有に絡んでいく酔っ払いに軍嗣は僅かに眉を顰める。

「……ごめん、なさい」

 大きい声を出す男に怯えるようにして謝るが、男は在有に手をあげようとしその手を軍嗣に捻り上げられ、後ろから来た古賀に引き渡される。

「坊ン、在有さん、こっちで話つけますから」

 古賀は男の腕を捻りあげたまま連れて行く。在有は心配そうに暫く見ていたが、

「なんもせん」

と軍嗣が苦笑して言うと、軍嗣の手をギュッと握り

「怖かった……」

と呟いた。

 軍嗣は黙って在有を自分の胸に抱き寄せて、

「大丈夫や、在有のことは生涯かけて守ったる」

と囁く。暗がりで軍嗣にはわからなかったが、在有は僅かに顔を赤らめ

「お兄ちゃん、好き」

と軍嗣の浴衣を力強く握りしめた。

「……らいに、ならんで……ン……」

 続けられた言葉は軍嗣に届いたのか、届かなかったのか、気がつけば在有の言葉は軍嗣によって飲み込まれて、在有は自分が軍嗣に初めてキスをもらったことに気付く。





 恥ずかしさのあまりに顔をあげられなくなった在有は、いつまでも軍嗣の胸に顔をうずめていた。

 祭りのあとの少し寂しい秋風が、二人を優しく包み込んでいた。



終 




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