約束 04


 軍嗣は苦笑して

「今年はどうですか?」

と尋ねる。

「いつも以上に活気づいてますから。いい場所にも当たりましたし」

 金魚すくいをしている子供の横にしゃがみ込み、真剣な面持ちで覗き込んでいる在有の姿ににっこりし

「在有坊、はいよっ」

金魚すくいの網を差しだすと、在有は嬉しそうに満面に笑みを浮かべて

「ありがとっ」

と受け取り、真剣な顔で狙いを定めている。

「在有坊帰ってきてよかったですね」

 軍嗣の柔らかい表情を見て、しみじみと言う彼に軍嗣はまたもや苦笑して

「まあな」

と答える。

 在有は狙いを定めたのか、

「えいっ」

と口だけは勇ましく、恐る恐る水の中に網を入れる。狙いはそんなに大きくない金魚だったにもかかわらず、すぐに穴があいてしまったのか、

「あぁあ」

とがっかりと肩を落とす。隣にいた小学生に

「お兄ちゃん、ヘタクソやなぁ」

って言われてさらに肩を落とし、まるでこの世の果てのような顔をしている。小学生は見かねたのか、

「お兄ちゃん、見ときや、金魚すくいってこうやってやんのやで」

と慣れた手つきで次々と掬う。

「大きいの狙うときは一発目や。お兄ちゃんはヘタクソやから堅実に普通サイズにしといた方がええで」

「うん」

「こうやってな、さって掬っていくねん。持ち上げたらあかんで。お椀に横滑りさせるようにすんのがコツや」

「わかった」

 在有は完全に羨望の眼差しである。レクチャーが終わると軍嗣を振り返り、伺うように見上げる。まだ自分から甘えることのできない在有は、こういう時もどこか諦めたような表情をする。

「もう一回やるか?」

と軍嗣が問いかければ、遠慮がちに微かに頷く。

「もう一回やらしたってくれ」

「はい。ほら、在有坊、がんばってな」

 もう一度網を貰って嬉しそうに金魚に向き合うと、今度こそはと意気込んで狙いをつけている。その仕草が可愛くて、軍嗣は穏やかな気持ちで眺めていた。

 子どもらしい時間を断ち切られた在有には、今からでも子どもらしいことをさせてやりたい。軍嗣のみならず、それは在有を知る全ての人間の望みであった。

「やったぁ」

「お兄ちゃん、すごいっ」

 在有と小学生の歓声が響き、二人は飛び跳ねるように喜んでいる。見ると、かなり大きい金魚と小さいのが二匹。成功しただけでなく、大きいのが狙い通り取れたようである。

「お兄ちゃん、見てっ! こんな大きいの取れたよっ」

 在有は満面の笑みを浮かべながら、軍嗣に金魚すくいの成果を見せる。

「えらい大きいの狙ったんやな、すごいな在有」

 頭を撫でながら誉め、

「水槽買わなな」

と言う軍嗣に、在有は世話をすると言うことに不安になったのか、小さく首を振り隣の小学生に

「一緒に飼ってくれる?」

と聞いている。小学生は嬉しそうに大きく

「うん」

と頷き、

「でも、ほんまにいいの?」

と心配気に尋ねる。

「うんっ」

「ありがとっ」

 金魚の入ったナイロン袋を受け取った小学生は一目散に駆けていき、途中で一度振り返って大きく手を振る。



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