約束 03


 在有が今日の祭りをどれだけ楽しみにしていたのかを誰もが知っているから、帰ってこないどころか連絡すらない軍嗣に気を病んでいた。

「おい、まだか?」

 その日何度目かもう既に分からなくなった台詞を壱善は口にし、イライラと開かないドアを見る。玄関に設置された監視カメラのモニターを食い入るように見ていた若い衆が、モニターのはしに組の車が映るのを目ざとく見つけて

「アニキ、帰ってきたみたいですっ」

と叫んだのは8時になった頃。在有が母屋に移動してから既に三時間経過していた。

「桂也、在有さんに知らせてこい」

「はいっ」

 桂也は慌ただしく走って行き、残った若い衆は外へ出て軍嗣が降りてくるのを待った。

 車が着き、珍しく焦った顔をした軍嗣が降りてくる。

「お疲れ様っす」

「おぅ。在有は?」

「母屋です。今、桂也に行かせました」

「そうか、先に着替えてくるから待たせとってくれ」

「わかりました」

 軍嗣が奥へ着替えに行ったのと入れ違いに在有が寝ぼけ眼を擦りながら桂也に連れられて事務所に入ってきて、きょろきょろと辺りを探すような仕草をする。

 しばらくきょろきょろしていた在有は、そこに軍嗣の姿がないことを確認すると口をへの字にして涙を零した。静かに静かに流すその涙はキラキラと零れ落ち、誰もがはっと息を呑んだ。まるで心の奥深くで慟哭するかのように、在有は嗚咽すらかみ殺して涙を流した。やがてはっと我に返ったかのように、浴衣の袖で涙を拭いか細い声で弱々しく、一縷の望みを込めて、

「お兄ちゃんは?」

と、問うた。

 壱善は思わず見入ってしまった自分に苦笑しながら

「今、浴衣着替えに行ってますよ。もうすぐ来ると思うんでちょっと待って下さいね。あ、在有さん、少し浴衣治しときましょう。待ちくたびれて寝ちゃったんですね」

と、手早く在有の浴衣を整え、後ろ帯に代紋入りの団扇を差し、ぽんと帯を叩いた。タイミングよく軍嗣が事務所に戻ってきて、誰もがこっそりホッと息を吐いた。

「在有悪かったな、だいぶ待たせたな」

 在有はギュッと浴衣を握り頭を振る。

「目ぇ真っ赤になって、泣いたんか?」

 再度頭を振りしかしまた涙目になった在有の頭を、軍嗣は自分の胸に抱き寄せ、

「約束、半分破ってしまったな、ごめんな、在有」

と囁くとそれが合図になったのか、在有は軍嗣の浴衣をギュッと握りしめ軍嗣の胸に顔を押しつけた。軍嗣はそっと在有を抱き上げ、感慨深げに、

「大きくなったなぁ」

と呟いた。

「在有が赤ちゃんの時もこうやって抱っこしたなぁ。このまま行くか?」

 これには大慌てで在有は首をぶんぶんと大きく振り、

「いじわるっ」

と呟いた。在有の涙が納まったのを見て、軍嗣は在有を降ろして頭を一撫でし手を差し出した。事務所を出て軍嗣に手を引かれたまま、お囃子の呼ぶ方向に進む。

 まるで小さい子どもみたいな自分が恥ずかしくて在有は軍嗣の手を離そうとして、帰って行く人の波に飲み込まれそうになり慌てて手を握りしめた。

「はぐれるなよ」

「うん」

 軍嗣にも念を押され、在有はさらにギュッと軍嗣の手を握りしめる。

 立ち並ぶ屋台がどれもこれも物珍しくて、活気づいたその雰囲気に圧倒される。

「在有なんか食うか?」

 物珍しさにきょろきょろしている在有に声をかけるが、気持ちがお祭りに行ってしまっている在有には軍嗣の声が届かないようで、返事は返ってこない。

 小さい子供が金魚すくいに歓声をあげているのを見て立ち止まる在有に、軍嗣は苦笑して手を強く握りしめ、

「在有、金魚すくいやるか?」

と問うと、在有は目をきらきらさせて軍嗣を見上げて

「いいの?」

と小首を傾げる。

「やってみな。兄ちゃん、一回」

「まいどぉ、って軍嗣さんじゃないっすか」

 テキヤの若い男が慌てて立ち上がり一礼する。



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