約束 02


 用意されていた浴衣は、淡い水色に白い波紋の入った可愛らしいもので、確かに涼しげだがどこか幼く儚げな印象だった。金魚の模様でも入っていたら間違いなく子ども用だろうと突っ込みたくなる代物で、在有は僅かに眉を顰める。

「芳野さん、まさか……これ? ですか?」

「はい」

 即答されて、がっくりと肩を落とした在有を見て、

「似合うと思いますよ」

とにこやかに続ける壱善を見て、在有はなんとも言えない顔をする。

「お兄ちゃんは浴衣着るん?」

「その予定ですが?」

「どんなん?」

「黒地に絣模様ですが?」

「なんか、渋いね」

「……」

「僕もそんなんがいいな」

 壱善は在有の言いたいことが痛いほどわかり、しかしこればかりは譲れないとばかりに

「この浴衣、軍嗣さんが選んだんですよ」

と、伝家の宝刀とばかりに軍嗣を出してくる。

「お兄ちゃんが?」

「そうですよ」

 在有はむぅっと膨れながらも、

「……じゃあ着る」

と、どこか拗ねたように言った。壱善は心の中でしてやったりとニヤリと笑ったが、そこは大人の余裕でにこりと笑って、

「きっと軍嗣さん喜 びますよ」

ととどめを刺し、まだ拗ねた顔をしている在有の気が変わらない内にと、いそいそと用意を始めた。

 壱善に浴衣を着せてもらってから事務所に顔を見せた在有を見て、そこにいた若い衆は思わずため息吐いた。もっとも在有が少々ムスッとした顔をしていたものだから、誰一人として、間違っても

『可愛い』

なんて口にはしなかったけれど。

「……お兄ちゃん、まだ?」

 もちろん浴衣姿が可愛いことにも不満はあったが、何よりも軍嗣がまだ帰って来ないことも不満である。不機嫌丸出しの顔の在有もまた可愛くて、目を反らすようにしていた若い衆のまるで代表のように

「まだ連絡も入ってません」

と答えた桂也は、遅れて事務所に入ってきた壱善に頭を殴られる。壱善はフォローするように、

「在有さん、縁側の方がお囃子もよく聞こえますし、そちらで待っていたらどうですか? 連絡が入ったらすぐにお知らせしますし」

と提案する。事務所の中はいつも以上に慌ただしい感じで、なんとなく自分は邪魔になっていると感じていた在有は素直に頷いて、ペタペタと奥の母屋へ移動する。そこに入っていけない疎外感にじわじわと不安の波が押し寄せていることは、自分自身でも気付かずに……





 縁側はなるほどよくお囃子が聞こえてお祭り気分に少しは浸れる。在有は自然と膝を抱えるようにして座り、その音をぼうっと聞いていた。待っても待っても帰って来ない軍嗣にすごく不安になる。抱えた膝に顔を埋めるようにしてひたすら待つけれど、一向に知らせがくる気配すらない。

『……イヤになったのかな……』

 一人で明かりも点けずに考えているとどんどんとマイナス思考に陥る。これじゃいけないと軽く首を振って楽しいことを考えようと試みるがそれすら上手くいかない。

『お兄ちゃん……』

 だんだんと悲しくなってきてポロリと涙が零れる。軍嗣に嫌われても仕方がないとどこかで諦めている。自分の過去が綺麗に真っ白になるはずもなく、今さらながら思い出したところでどうしようもない。

『嫌われちゃったらどうしよう』

 どうしようもないことばかり考えて在有は膝をギュッと抱えなおした。




 一方、事務所の方も気が気ではなかった。



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