約束 01
随分前から事務所の中は騒がしかったが、今日はここ最近の比ではないくらいに騒々しかった。
今日は年に一度の、在有が戻ってから初めての祭りである。
在有がいてる頃よりも随分と規模は大きくなり、なかなか名の通った祭りに成長していた。在有が帰って来た、ということを知ったテキヤ衆が張り切っていて、いつも以上に賑やかに活気づいている。それと同じくらいに事務所内が浮かれているのは、在有がいかにも楽しげな顔でにこにことしているからだろう。一人であまり外に出ることのない在有は、この祭りの日をとても楽しみにしていた。あんまり楽しみにし過ぎて昨日はほとんど寝れなかったくらいである。
いつも忙しい軍嗣が祭りは一緒に行こうと約束してくれたから、毎日毎日、日が移ろうのを指折り数えて楽しみにしていた。たとえそのおかげで自分の起きてる間に軍嗣が帰ってこなくても、祭りという特別な日を一緒に過ごしてくれようとしているのだと思えば我慢もできた。
夕方になりそろそろ始まるかという頃には、
「お兄ちゃん、もうすぐ帰って来る?」
と、まるで小さな子供のように何度も何度も母屋から事務所に顔を出しては同じことを聞く。
「もうすぐ帰って来ますよ」
そのたんびに若い衆が同じ言葉を返すのだが、誰もが在有のその姿を微笑ましく思い、にっこり笑って答えるのだった。
少しづつ少しづつ宵闇が迫ってきて、遠くからお囃子がまるで誘うように流れてくる。
縁側に腰掛けて、豪勢な手入れの行き届いた庭を見ながら、在有は足をプラプラさせて、まだかなまだかなと始まった祭りの音を聞いていた。
「在有さん」
不意に事務所の方から壱善が自分を呼んでいるのが聞こえた。微かな足音も一緒に近付いてくる。
「芳野さんっ! お兄ちゃん帰って来たっ?」
壱善は飛び付かんばかりの勢いの在有に苦笑して、
「もう少しかかるようですけど、浴衣に先着替えておきますか?」
「浴衣?」
「ええ、在有さん着たことないでしょ」
「うん……でも僕よう着ぃへんよ?」
「大丈夫ですよ、ちゃんと着付けできるもんがおりますから」
「それって、芳野さん?」
「……いや……まぁできないこともないですけどね……」
「……知らない人、やだっ。怖いもん」
在有の激しい拒絶と、わがままを言ってしまったという深い後悔を感じ取った壱善は、思わず苦笑して在有の頭を軽く撫でてやり、
「そしたら自分がしましょう」
と買って出る。
「ただし、文句はなしですよ」
「うんっ」
途端に元気よくなった在有を目を細めて見、壱善は不意に今日の祭りで踊ると言っていた夏芽を思い出した。
「今年からは踊りのチームも来てますし、楽しいですよ、きっと」
部屋に移動する時に壱善がいかにも楽しそうに言うものだから、在有はもうわくわくしてにこにことうなづいた。
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