ホスピタル・エナジー side在有
不意に気が付いた時、僕は車の中でお兄ちゃんの膝に頭をのせ横になってた。まるで壊れ物を扱うかのように僕の髪を梳くお兄ちゃんの手はとても繊細で、優しい。
僕は頭を撫でてくれるお兄ちゃんが大好きで、ささくれ立った心が穏やかに落ち着いていくんがわかる。病院へ行ったん、夢やったんやってなんだかすごく安心する。
「ん? 気い付いたか、在有」
少し低めの穏やかな声で僕の名前を呼んでくれる。僕は嬉しくってふんわり笑うと、お兄ちゃんも笑い返してくれる。比較的厳つい男らしいだけど端正な顔が、途端に優しくなる。そんなお兄ちゃんの顔をずっと見てたいって思う。
お兄ちゃんは何事もなかったように、
「風邪やて。 うち帰ったらおとなし寝とこうな」
と言うからこくりと頷いて、はたと気付く。見られたことに。だけど僕が怯える前にお兄ちゃんは先回りして、
「イヤな思いさせてしもたな 、悪かったな」
って、僕の顔を覗き込むようにして言った。僕はすごくホッとして、首を横に勢いよく振った。それを見てお兄ちゃんはさも可笑しそうに笑った。僕はなんだか嬉しくなって、手の下にあったお兄ちゃんのズボンをキュッと掴んだ。
車が静かに止まって僕は自分がウトウトしていたことに気付く。ドアが開けられ、僕を一撫でするような風がさらりと通り過ぎていって、ああ、家についたんやなぁって朧気に思っていると、僕の体はふわりと持ち上げられる。
大事に大事に持ち上げられた感覚にまた嬉しくて僕は知らず知らずのうちに微笑んでた。そんな抱き上げられ方は、記憶にない。いつだって僕は荷物のようにぞんざいに扱われていたし、時には放り投げられることだってあった。今は横抱きで、それがお姫様抱っこだったって知るのは随分あとの話しやけど、僕はお兄ちゃんの首筋に手を回しギュッとしっかりと抱きついた。
仄かに煙草の匂いがして、それすらも手放したくなくて、絶対に離れないと意志を籠めるように抱きつき直して。そんな僕にお兄ちゃんが柔らかく笑ったような気がして、顔を見なかったけど、雰囲気でお兄ちゃんが楽しそうなんを感じた。
僕はその時自分が高熱を出していたことをすっかり忘れてた。
お兄ちゃんに自分の部屋まで運んでもらって布団に寝かされ、僕は熱を出していたことを思い出した。幸せな気分に酔ってたから忘れてたんやけど、天井がぐるぐる回ってるように見えて、そうやったと思いだした。
「ぉにいちゃ、ん、天井、変……」
舌足らずな物言いになった僕にクスッと笑って、
「在有の熱、まだ高いからな」
おまじない、と言っておでこに軽いキスを落とす。
「お休み」
わたわたと焦ってる僕をよそに、お兄ちゃんは布団を軽く二回ポンポンと叩いて部屋から出て行った。
お兄ちゃん、ずるい。
なんでかわからへんけど僕はそう心の中で叫んで、さっきのお兄ちゃんを思い出して今更ながら顔を真っ赤にする。
僕の熱が引いたのはそれから3日後の話し。
その間、お兄ちゃんはできるだけ家に居てくれたみたいで、ご飯時になるとお粥を持ってきてくれて食べさせてくれた。なんだか食べさせてもらうのはちっちゃい子みたいですごく恥ずかしかったけど、お兄ちゃんが楽しそうやったからいいかって思った。
でも僕の熱がなかなか引かなかったんは、半分くらいお兄ちゃんのせい、って思ってる。
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