シンフォニック 01


 に、ゃあ……

 どこからか弱々しい鳴き声が聞こえたような気がして、在有はきょろきょろと辺りを見回す。どこにも何も見当たらなくて首を傾げて、気のせい、かな? と、またのんびりと空を見上げる。

 今日は天気が良かったから、いつもの公園に散歩に来て、いつものベンチに座って、何気ない日常に置いて行かれないように一生懸命になっている。一人で来ることは稀だけれど、それは最近の在有の日課になりつつある。

 にゃあ……

「……空、耳? やないよね……」

 在有は一人呟いてまた辺りをきょろきょろと見る。今にもこの世から消えてしまいそうな儚い鳴き声が、在有にはまるで助けて……と言っているように聞こえる。

「ど、こ?」

 その鳴き声の主を探してベンチから立ち上がり、うろうろするがその姿はない。

 にゃあ。

 今度ははっきりした鳴き声が聞こえる。在有はおもむろに膝をつきベンチの下を覗き込んだ。小さく震える、小さな黒い塊。

「……おった……」

 まるで少し前の自分を見ているような気がした。

「……そこに、おったん?」

 在有はそのままそっと手を伸ばす。黒い小さな塊は、在有が伸ばした手に警戒するように精一杯毛を逆立てて威嚇しようと試みる。だけどそれすら在有には通じなくて、それどころかさらにその手をそろそろと伸ばしてきては

「大丈夫、出ておいで……」

と囁いてくる。

 それは甘い甘い誘惑のようで……

 警戒心以上の恐怖に苛まれたその黒い塊は、在有の指にカプリと小さく噛みついた。

「っ痛っっ」

 在有は思わず顔をしかめたが、それでも出した手を引っ込めようとはしなかった。

「……ね、大丈夫やろ? 出ておいで」

 それはまるで自分に言い聞かせるかのような囁き。在有がずっと言われたかったことなのか、在有はその黒い塊と自分を重ね合わせている。やがてその思いが届いたのか黒い塊は震えながらペロリと先ほど自分が噛んだ在有の指を舐め、そっとその手に足をのせ、しばらく躊躇してからその手に身を任せる。

「ありがと……」

 なんに対してなのかわからないままに在有は呟き満面に笑みを浮かべる。

 にゃあ……

 それに答えるように一鳴き。

 小さな小さなやせ細った黒い子猫。在有はそっと抱き上げ家に連れて帰ろうと決心した。





「在有は?」

 事務所に戻ってきた軍嗣がまずそう口にするのは最近の日課になりつつあるため、桂也は必ず軍嗣が戻るまで事務所に詰めているのだが、生憎今日は朝から古賀について辰二の共をしている。そのせいか問われた若い衆が困ったように

「散歩から帰ってきてから部屋に籠もったままみたいです」

と告げるので、軍嗣は真っ直ぐ在有の部屋にやって来た。

 在有が部屋に籠もっていること自体は特別不思議な事ではないが、散歩から帰ってきてから、と言うのが気になる軍嗣は、ドアの前に立ち少し控え目なトーンで声をかける。

「在有?」

「……、お兄ちゃん……」

「お、在有おったか、開けていいか?」

 軍嗣はどんな時でも必ず在有にドアを開けていいか許可を取ることにしている。些細なことかもしれないが、いろんなことに怯える在有を安心させるためと、在有の意思を尊重するために。

 在有にはどうしても人の顔色を窺うところがある。

 今までのことを考えればそれは当然で、もう大丈夫だといくら言って聞かせたからといってなくなるものではない。だからせめて自分で行動する機会を作ろうと、軍嗣と辰二は話し合った。



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