虹の彼方 02


 桂也のその笑顔につられたように笑う在有を見て、桂也は在有の手を引っ張ってドアを開けようとする。

「ま、待って……、桂也さん、僕、お金、もってへん……」

 在有の声にはたと立ち止まった桂也は、思わず顔をしかめ、

「そういえば俺携帯しか持ってこんかったわ、うわぁ、やってしもたなぁ」

と大騒ぎ。在有は勢いのいい桂也をまじまじとみつめ何が面白かったのか、クスッと笑う。

「あっ、でもこれおサイフケータイやから、あっちの飲みもんはOKですよ」

 ちょっと得意気な桂也が可笑しくて、在有はクスクスと笑った。桂也にアップルジュースを買ってもらった在有が、プルトップに悪戦苦闘している姿が可愛くて、思わずこのまま見てていようかと一瞬考えた桂也だったが、自分の分のコーヒーの缶を在有に持ってもらい、変わりに在有のジュースを開ける。

「ん」

 突き出された缶を受け取り

「あ、り、がと……」

と、変わりに預けられていたコーヒーの缶を渡す。その些細な、桂也にとって何気ないその行為は、在有に とっては初めてしてもらうことで胸の辺りがほかほかと暖かくなる。二人並んで飲みながら歩く何て事も初めてで。

「桂也さん、ありが、と……」

 不意に呟いた在有に桂也はびっくりしたが、次の瞬間には笑顔になる。初め在有の世話を任されたときは正直面倒だと思った。虐待でぼろぼろに傷ついた在有。同じ施設上がりでも自分とは何もかもが違った。親がいなくてマシだとも思った。目の前で親を殺されるよりは。それは面倒だというより、遥かな戸惑いだったかもしれない。それなのにこの強さはどうだ。決して自分にはない強さ。桂也は僅かに目を細め、この先、在有が幸せになれることを祈らずにはいられなかった。

「……桂也さん?」

「在有さん、虹に何があると思います?」

「……笑わない?」

「笑いませんよ」

といやに楽しげな声に、在有は少々不安を覚えながらも奏見が言っていた事を話すことにした。

「虹の袂にね、階段があって……」

 不安げに話し始めちらりと桂也を伺う在有に、一つ頷いて続きを促す。

「その階段を登って……」

 桂也に馬鹿にした様子は 見られず、在有は勇気づけられさらに先を続ける。

「虹の橋を渡ったら、会いたい人に、会えるっ、て……」

 二人の前を行く虹色の蝶が、まるで頷くように飛ぶ。

「会いたい人に会える、か……」

 桂也の呟きに在有は少し身構える。しかし桂也はにっこり笑って、

「なんか、いいっすね」

と在有の顔を覗き込んだ。

「で、在有さんの会いたい人って誰っすか? 軍嗣の兄貴や、オヤジやないですよね、いつでも会える訳やから」

「……あのね、……お母さん……」

 在有の消えるような声に思わず足を止めた桂也は、なんて言ったらいいのか困ってしまう。だけど、余りに真剣な顔に否定できるわけもなく。

「桂也さんは? 会いたい人、いるん?」

 そんな桂也の思いに気付いたのか、在有はさらりと話しを変えた。

「会いたい人……」

 桂也は首を傾げ、すぐに諦めたようににっと笑い

「次に虹が出るまでに探しときます」

と言う。

「在有さん、聞いていいっすか?」

 今度は在有が首を傾げる。

「なんで……、なんでおかんに会いたいんすか?」

「おかん?」

「お母さん」

「えっと……、 僕だけ、お父さんに、会ったから……」

「そうですか……、会えたら、いいっすね」

「……うん……」

 桂也にはわかってしまった。



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