ひとひら 05


 仮眠は取ったと言えほぼ徹夜で挨拶回りをするのは毎年のことで、その時々に一杯付き合わされるのも毎年のこと。夕方帰ってまず寝たいと言うのが本音で。が、今年は初詣でに行く約束をしている。きっと楽しみにしているだろう夏芽を思い出して、疲れも飛ぶ思いの壱善を目敏く見つけたのは、早々にこちらへ来た若頭補佐の古賀である。

「壱善、おまえもそんな顔できんやなぁ。いやぁ新年早々ええもん見たわ」

 壱善は少しムッとしながら冷たい表情で古賀を一瞥する。

「……新年おめでとうございます。兄貴、早いっすね」

「今日のお前の予定言うたら挨拶回りやな?」

「はい」

「当番明けで悪いがお前、オヤジと坊(ぼん)と一緒に富勇会本部行ってくれ。運転は若い奴つける」

「はぁ……兄貴は?」

「俺はこっちの仕切りや。他に何人かつくから心配すんな」

「や、心配はしてませんけど、服がくたびれてんなぁと……」

 壱善の抜けた返事に古賀は豪快に笑い、

「上の部屋に用意させてる。壱善、オヤジは富勇会会長におまえを鵜道組の幹部として顔合わせするつもりや。気張ってきいや」

 壱善は内心ポカンとしながらも相変わらずの無表情さで一礼した。

 富勇会本部までそう遠くはないが特別近くもなく、ましてこの時期であるから祝い事の酒がでる。

『……初詣は無理やな』

 壱善は一つ大きく溜め息を吐き、夏芽に連絡しようとして携帯を取り出し、はたっ と気付いた。持ってないのだ携帯を。夏芽は……

 今まで気付かなかったが、今時の子にしては珍しく壱善は思わず舌打ちした。帰りは夜中になるだろう。連絡のない壱善に、夏芽はどう思うだろうか。

 連絡手段がないのだから仕方ない。壱善は近いうちに携帯を持たせようと誓った。誓いながらもふと思う。

『そういえば自分は夏芽のこと何も知らんな……』

 思わず苦笑が洩れた壱善を、びっくりしたように近くにいた若い衆が見る。今までに表情が変わったところを誰も見たことがなかった。その彼に誰がこんな顔をさせるのだろうかと、密かに話題の人となったことに壱善はまったく気付かなかった。



 ソファの上で小さく身動ぎして目を覚ました夏芽は辺りがすでに真っ暗になっていることにびっくりして飛び起きた。

「えっ! 何時?」

 あたりを落ち着きなくきょろきょろと見渡し、壱善が帰ってきた気配がないのにほっと息を吐いた。

 もぞもぞと起き出しテーブルに無造作に置かれた時計を手に取り、

「七時かぁ」

と、ぽつんと呟く。

「……えっ! 七時っ!」

『うわぁ、どうしよう……寝過ごしちゃった! 壱善さん……帰ってへんのかな……』

 夏芽はボロいアパートのわりにいくつかある部屋を、まるで小さい子のように一つ一つ壱善の姿がないか探してまわり、部屋の灯り一つついていないことに落胆した。

「……帰ってないんや……」

 寂しくて泣きそうになる。

 壱善が帰ってきた気配もなく、夏芽はソファに座り、膝を抱えた。

『夕方に帰ってくるって言ってたのに……何かあったんかなぁ……』

 時間の経つのがすごく遅く感じる。五分に一度くらい見てるのではないかと思うくらいに何度も何度も時計を見る。

 どれだけ待 っても戻ってこない壱善に、夏芽は膝に額をつけて涙をこらえた。暗い部屋でじっと待っていることに耐えられたくなった夏芽は、不意に立ち上がりドアを飛び出した。このまま部屋にいると不安に押し潰されてしまいそうな、そんな強迫観念に捕らわれて夏芽は公園に行こうと考えた。

 公園に居たら壱善が帰ってきたらすぐわかるし、もし壱善が夏芽のことが邪魔になったというならすぐにでも消えることができる。

 夏芽は、公園に唯一ある壊れかけのブランコに腰をかけ、何をするでもなく空を見上げた。

 どこまでも続く真っ暗な夜の闇に、ぽっかりと月が浮いている。

 心許無く光が滲んでる様は幻想的に綺麗で、夏芽はしばしゆっくりと観察する。

 ブランコを少し揺らせば、ギィーコギィーコと懐かしい音がする。昨日はあんなに幸せだったのに、と恨めしげに思い悴んできた指先にほうっと白い息を吐く。

『……壱善さん……』

 考えることといえば壱善のことばかり。夏芽は哀しくなってそっと目を伏せた。





 夏芽が公園でネガティブな思考になっている頃、壱善はようやく本部から事務所に戻り一息ついた。



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