ひとひら 01


 今にも崩れ落ちそうなオンボロアパートの裏手に、小さな小さな公園がある。あるのはたった一本のそれほど大きくない桜の木と、乗って大丈夫かと思うようなブランコだけ。

 夏芽がその公園を見つけたのは、少年院を出てすぐのことだった。仕事をしても、

「年少あがりは……」

と言う言葉に耐え切れず、結局二、三日で喧嘩をしては辞めてしまい、何をするでもなくただ鬱々と日々を過ごしていた。

 自動販売機で買ったホットコーヒーはわずかに温もりを残すだけとなり、年の瀬の寒さにも人恋しさにも凍えていた。

 壊れかけたブランコに腰をおろし、ふわふわと淡い白雪が舞い初めるのをぼんやりと見上げながら、

『変わりたい……』

と願う。願うというよりはそれは祈りに近く、そして諦めでもある。甘い自分、だけどそれがすべての自分。何も持たない自分、その何も持たない自分を恨めしく思うことに疲れている。

 若さに甘えて自分の好きなようにめちゃくちゃしてきたツケが、今まとめてやってきたような気分だ。

 クシュンと小さくくしゃみをし、今日はどうしようかと思う。

 遠くに見える家の明かりは、夏芽が憧れ望んでも決して手に入らなかったものである。母子家庭に育った夏芽は、お決まりのように地元の暴走族に先輩に誘われるままに入った。大きな、何もかもを吸い込むような目が一番印象的な、どこか憎めないやんちゃくれのまだまだ幼い顔。その風貌を裏切って、細いなりにも筋肉質な体躯、身長も175cmに届かないにしても平均的で、何よりも喧嘩っ早く、いろんな意味で見事に印象を裏切る。

 夏芽はまるで暖をとるように、咥えた煙草に火をつけ大きく一息つく。

『いっそこのままここに座り続けたら、こんなところでも凍死できるやろか?』

 馬鹿らしい考えに自分でも笑いが込み上げて来る。母親は最低限、自分を生かすくらいには育ててくれたと思う。

 嫌いな人の子ども。

 それが、夏芽が小さい頃から母親に言われ続けた言葉。

 暴走族同士の喧嘩が大きな抗争になり、それが元で少年院に行くことになった夏芽に、母親はさぞ清々したことだろう。一度も面会に来てくれることもなく、一年半ほどして出て来た夏芽を待っていたのは、自分を除いて出来上がっていた幸せな家庭。

 新しい家族。優しそうな男の人と、楽しそうな母親。その腕には小さな小さな新しい生命が大切そうに抱かれていた。

 そこに自分の居場所はなかった。

 夏芽は、どこからか込み上げてくる涙をグッと飲み込むように、まだひらひらと舞い降りてくる雪を見上げた。薄白い世界の向こう側で、仄かに月が灯りを燈している。

「おい、いつまでそうしてるつもりや」

 不意に夏芽の頭の上からバサリと、温もりを残したコートがかけられた。思わず見上げたそこに、少し寒そうに肩を竦めた男が、銜え煙草で立っていた。

「ここで死なれたら迷惑や」

 思わずキョトンとした夏芽に、顎で公園のすぐ横のあのオンボロアパートを指し、

「目覚めが悪い」

と、いとも簡単にサラリと言って退ける。夏芽は

『あぁ……』

と納得し、ブランコから恐る恐る立ち上がり、

「……すみません……」

と、口の中でごにょごにょと謝り、ペコリと頭を下げた。自分より遥かに高い目線を辿って行くと、冷酷なまでに無表情の整った顔が夏芽を見下ろしている。その鋭い目が、何もかもを見通しそうで、夏芽は思わず背中をゾクッとさせる。

 男は寒いだろうに、黒いネクタイを僅かに緩める。それだけのことなのに、厳つくいかにもその筋の人と言う雰囲気が柔らかくなり、どこかセクシーさが漂う。夏芽は思わず吸い込まれるように見惚れた。



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