軍嗣回想 在有のいた日


 一瞬やけど、在有と自分の間にある大きな溝を感じたことがある。

 奏見さんが在有を抱き上げて、在有が奏見さんに笑いかけて、それだけで二人の取り巻いとる空気が変わった時。

 正直、羨ましかってん。

 俺の母親は、俺にあんなことしてくれたんやろかって。

 するわけない。

 俺の命と引き換えに、自分の命、俺にくれた人やから。

 強ばった顔で二人を見てしまった俺に、奏見さんがにこっと笑った時、俺はマヌケにも何歳も変わらん奏見さんに母親の面影を見たような気がした。

 いつやったか、親父が

『おまえは母親の一番大事なもん託されて産まれた子や。 母親がおらんって嘆く前に自分の中に絶対に消えることなくおる母親を感じろ』

と言われたことがあった。

 まだ小学生になるかならんかの頃や。

 あの時わからんかったその意味も、今はよくわかる。

「軍嗣さん」

 笑顔で時には困った顔で俺を呼ぶ奏見さんは、例え数歳しか変わらんでもやっぱり母親やった。

 俺は在有に癒されて、そ して奏見さんに母親を重ねて、初めて自分の寂しさを埋め合わせた。

 その先にまだ何が起こるかも知らんかった、幸せな時……



終 




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