軍嗣回想 在有と桜を見る日
桜が咲くような季節やというのに、さすがに外で花見をするにはまだ寒い。しかも夜。近所の神社は夏と秋は祭り、冬は神事でそれはそれは賑わうんやけど、それより人が少ないと言えども春は春で花見スポットとして近所の人達を楽しませてくれる。
若い衆は祭りなんかに来てもらうテキヤ衆の変わりに、慣れない商売してそれはそれなりに楽しませようと努力する。もっとも手つきはなんとも、お世辞にも上手いとは言えないけど……それでもその真剣さでまわりをほのぼのと暖かい空気に包み込んどる。
そういう俺は、この寒い中何をするでもなく場所取りに駆り出されている。
学校から帰って在有と戯れてる時やった。普段自宅部分に居つかない親父が顔を出し、
「軍嗣、珍しいな、帰っとったんか」
と、なんや嫌な予感を誘うような笑顔で近づいてきて、
「おまえ、行ってこい」
って言う。
「はぁ? ど こへ? 何しに?」
「花見や」
「だから?」
「場所取り行ってこい行ってんのや」
パコーンといい音が鳴り響き、それと同時に俺は頭にかなりの痛みを感じた。
「親父、ちょっとは手加減しろよ」
「してやったやろ」
このクソ親父っ。更に言い合いをしようとする俺に、まるで縋るようにちっちゃな手が俺のズボンを掴んだ。
「在有」
ふにゃぁとまるで今にも泣き出しそうな顔が、俺と親父を我に返させる。
「ごめん、ごめん在有。 怖かったなあ、ほら機嫌治せよ」
親父はおもむろに俺の足下の在有を抱き上げて、高い高いとしはじめた。在有は現金にもキャッキャ、キャッキャと喜んでいる。親父のやつ……
それで俺は今こうして寒い中、一人寂しく花見をしながら場所取りをしているわけや。もちろん在有を連れてこようとした。その目論見は親父に阻止された。
風邪ひいたらどうするんや、と。
確かにそうや。まだまだ小さい在有をいくら桜が綺麗やからとこの寒空に連れてくるわけにはいかん。けど微妙に一人は手持ち無沙汰や。
「坊ン」
不意に聞き慣れた古賀の声に呼ばれ、おかしいな、こんな時間に来るはずないのにと振り返ると、そこには完全防寒でもこもこになった在有を抱いた古賀が困ったように立っていた。
「……どうしたんや」
少々不機嫌な俺の声も通用しないのか、在有は今にも泣きそうな顔をして俺に手を伸ばしてくる。
「在有?」
「在有坊は坊ンに預けます。 もう大変でしたわ。 坊ンがいなくなった途端に泣き叫んで、オヤジもお手上げですわ」
ほとほと疲れきった古賀の顔がおかしい。在有を抱き上げあぐらをかいた足の間に抱きしめ、自分の上着もついでに被せる。
ちょこんとおとなしくされるがままになっている在有を心底ホッとしたようにみつめて古賀は
「これで安心ですわ」
と、まるで逃げるように帰って行った。
さっきまでの寂しさはまるで嘘のように、在有を抱きしめたままひらひら舞い散る桜を見上げる。
「綺麗やなあ、在有」
にこにこと花びらに手を伸ばし続ける在有。俺はこの幸せをいつまでも抱きしめていられることを強く強く願っていた。
終
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