軍嗣回想 在有がぐずる日
「ねぇ、軍嗣さん、在有が泣きやまないのよ」
俺は学校から帰ってまだ制服のまま鞄すら置いてないうちから、奏見さんの憔悴しきった声に迎えられる。
外にまで聞こえていた烈しい在有の泣き声。
「どうした、在有?」
赤ちゃん独特のぷよぷよのほっぺをつつくと、ますます火がついたように泣き出して。
「奏見さん、ミルクは?」
「飲まへんのよ。おしめも濡れてへんの」
心底困ったように言う。
どこか痛がってるわけでもなく、奏見さんと変わっていつものように俺が抱くけど、あかん。
どうしたんやろ、ほんまに。
俺と奏見さんがオロオロと途方にくれてると、いつの間に帰ってきたのか親父がしかめっ面で現れる。
「そんな怖い顔しとったら在有が余計泣くって、親父」
「ん? なんや在有、今日はご機嫌斜めやな、ど? こっち来てみ」
親父が手を広げるから半信半疑で在有を渡す。
在有はイヤイヤって言うように、相変わらずぐずってたけど
「そうかそうか、今日は泣きたい日なんやな」
って親父が背中をポンポンと根気よくして ると次第に泣き止み始める。
「いっつもお利口さんやからな、寂しかったんやな」
ほらっ、高い高いとする親父に、在有はおっかなびっくりで喜び始めて、俺的にはちょっと親父にむかっ。
「今日はパパに取られちゃったね、軍嗣さん」
奏見さんが俺に苦笑して、俺は必ず大きい人間になってやると心密かに誓った……
今はまだまだ親父がデカいけど、そこに見える目標があるから。
終
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