軍嗣回想 続・在有と祭りに行く日


 まだ陽も残りうだるような暑さの中、在有を抱いて家をでる。悩んだ末に団扇を帯にさし、下駄をカランコロンとさせて歩く。

 在有は暑さも感じてへんようなにこにこ笑顔で、俺の浴衣に小さい手をかけて一生懸命よじ登ろうと試みとる。

 ……なんか、時々、ちびっこの考えることがわからん……俺によじ登ってどうすんねん?これって、こいつハイテンションになってる言うことなんやろか……

 在有の不可解な行動に俺の頭には、はてながが飛び交い、思わず後ろから来ている組員を振り向く。困惑した顔で首を傾げられ、俺は在有の行動を理解しようとすることを放棄した。

 やりたいようにやらせといたらいい。在有のはしゃぎっぷりがあまりにも可愛いので俺はもう気にしない事にした。





 歩いて数分の神社には、まだ早い時間やねんけどたくさんの人が集まってきとった。元気な小学生が歓声を上げて俺らを追い越していく。

 祭りの独特の高揚感に、時々思い出したように涼風が過ぎて行く。

 在有はあんまり人が多いこ とにびっくりしたのか、今はおとなしくなっとる。そんな分かりやすい在有をよっと抱き直し、二人で小学生の金魚すくいを見たりぷらぷら歩いとると、だんだん夕闇が迫って来てぽつぽつと灯りが燈され始める。

 夕焼けが綺麗で、思わず足を止める。

 神社の方からは奉納舞が始まっとるんか、少し甲高い雅楽の音が風に乗って流れてくる。奉納舞が終われば御囃子に合わせてこの祭り独特の踊りが始まり、あちこちで音に合わせて踊りの輪が生まれ一層賑やかになる。

 そうなってきたら、昔っから喧嘩っ早い短気で呑むのが好きな男が多いこのへんでは、あちこちで喧嘩なんかもおこり、それは一種の祭りの名物となっとる。

 喧嘩を納めるんもうちの役割の一つやけど、今日は在有抱いとるからあんまり遭遇したない。

「おっ、軍ちゃん」

 久々に会うテキヤさんに声を掛けられ立ち止まった。

「ごぶさたです、なんか、変わってません? 商売」

「そうよ。代替したんやけどな、こっち人たりん言うから手伝いやねん」

 恰幅のいい人の良さそうなおやっさんは、俺がちっちゃい頃から祭りに来とる顔馴染みのテキヤさんや。

 在有は初めて見るおやっさんに人見知りか、ガシッと俺の浴衣掴んで俺の胸元に顔を埋めている。だいぶ年を重ねたおやっさんは、そんな在有に笑みを浮かべて

「軍ちゃんの弟か?」

と尋ねる。

「そやねん。在有」

 俺がおやっさんに在有の顔を見せようとしたんがわかったんか、めちゃしっかり浴衣握り締めてイヤイヤと顔を小さく左右に振る。

「ハハハッ、在有坊か、可愛いなぁ」

 豪快な笑い声に在有はびっくりしたように顔を上げておやっさんを見る。

「軍ちゃん、まぁこれ食べてや」

 カリカリに焼けたフランクフルトを一本握らせてくれたおやっさんに礼を言って、それをキラキラした目で見てる在有に

「おまえ、これまだ食べられんし」

と諭すと途端に泣き顔になる。

 おやっさんはそんな在有に、手持ちの小さなぬいぐるみを渡してくれる。すぐに機嫌良く笑い出した在有に、こっちまで幸せな気分になる。

「おいっ、 喧嘩や喧嘩! あっちや」

 不意に始まった喧嘩に俺は密かに眉を顰める。

「軍嗣さん、離れましょう」

 様子を見ていた組員に場所を変えるよう促されて、歩きだした俺を追いかけるように喧嘩の群が近付いて来て、在有は怖そうにキュッと手を握り締めて、

「……にぃ、にゃ……」

と小さな声で俺を呼んだ。

 ような気がした……一回きりやった。だから、それが在有の初めての言葉やったんか、それとも空耳やったんか、結局俺には分からんかった。

 パパでもママでもなくて、にぃにゃ。

 舌ったらずな在有の呼びかけ。俺は柄にもなく感動しとった。だから喧嘩の群に、在有を抱いてフランクフルト持ったままで

「おまえらっ喧嘩やめんかぁっ」

って怒鳴っとた。

 それが俺が初めて自分の納めた喧嘩やった。



終 




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