日常的憂鬱 02
崎田の頭を殴ったからとて本来なんの問題もあるわけでない。同じ時期に組に入ったが実は数日桂也の方が先であるため、崎田にとって桂也は兄貴分である。しかし、桂也は崎田が自分より5つばかり年上だったのと、社会人経験のがあったことを理由に崎田を立てていた。
これが嫌みな人柄ならそうもいかなかっただろうが、崎田は見た目とは裏腹に繊細で気の利く漢であり、人当たりもよく、嫌な意味ですれてもなく、わからないことだらけの桂也にとって親切な先輩でもあった。
立場上、後輩だが。
見るでもなしにモニターを見始めてから一時間ほど。桂也は突然腹が鳴るのに、
(そう言えば朝から何も食ってねえや)
とぼんやり考えた。いつ呼ばれるかわからないのに、まさかちょっと腹が減ったから出てきますとは言えんやろと、情けなく思う。もっとも、当てにしていた女とは別れたので、食事も切り詰めないとすぐに金はすっからかんになるだろう。
やくざは、出て行く金の方が遥かに多かった。それが桂也の感想である。特別金になるシノギのない自分が悪いのだが。早く次の女作ろう。なんて思うのも仕方ない話しである。
「おい、桂也、でるぞ」
「っはいっ」
ついつい考え事をしていた桂也は慌てて立ち上がり、そっと腹を押さえ、鳴りませんようにと願いながら古賀のあとについて事務所を出る。
普段は、どちらかというと幹部の芳野壱善と若頭である軍嗣に付くことの多い桂也だが、稀に古賀と組長に付くことがある。ある意味、下っ端と言えど破格の待遇では無いだろうか。
桂也が組長に拾われたからであろう。
時々崎田なんかは羨ましそうに見ていることがあるが、桂也からするととにかく緊張してうまく立ち回れずに更にがちがちになって精神衛生上よろしくない。
それなのに、腹の虫は所構わぬようで、盛大にグゥゥと鳴り、桂也は顔を朱くした。
「なんや、お前メシまだか」
含み笑いで古賀に言われると無性にいたたまれない。
「まぁ、ちょっと我慢しろ。 親父を会合先に送ったらメシくらい食わせちゃる」
「……すんません」
消え入りそうな声で言えばますます笑われて、桂也は身を縮めた。
不意に
「あたしは桂ちゃんのママやない」
と言われた言葉を思い出す。
妙に納得した。
いなかった親の代わりに、付き合う女に母を思慕するのだろうか。ご飯を食べさせてくれ、甘やかすように包み込んでくれる。
それならいつまでも忘れられないあの時の男は、父親の代わりなのだろうか。守ってくれる絶対的な存在として、心に染み付いているのだろうか。
いや、それならよっぽど組長や古賀の方がそれに当てはまるのではないだろうか。
意外に女に言われたことがショックだなんて、馬鹿らしい。
自分には母親も父親もいなかった。いなかったものがどんなものかなどと考えても答えがでるわけがない。
結局恋い焦がれて諦めて、また置いて行かれる。
無駄なことを考えたとばかりに一つ首を振り、何を食わせてもらえるんやろ、と考える。それの方がよっぽど建設的な気がするのは、少し哀しい気もするが現実的である。
桂也は流れる景色を漠然と見つめながら、あの時の人に会いたいと考える。
会えば何かがわかる気がする。会えば何かが変わる気がする。枯渇した腹も心も満たされる何かが起こる気がする。
終
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