日常的憂鬱 01
「あたし、桂ちゃんの“ママ”とちゃう!」
何度目かわからない捨て台詞に、桂也は我知れず嘆息した。
ヤクザと肩書きが付いてから何人もの女が寄ってきて、それこそ来るもの拒まずで付き合ってみたけれど、最終的にはその捨て台詞で終わる。
(何を期待しとんのやろ)
こんなことが続くと溜め息も吐きたくなるものである。
桂也が付き合うのはよくよく考えれば五歳は違う年上ばかり。だいたいは水商売で生計を立てている姉御肌の綺麗どころ。特別これがタイプと言うのは無いつもりだが、いつもいつもこの手であるのはやはりタイプで、いつもいつも“ママ”じゃないと修羅場を迎え呆気なく終結するのも、最早付録のように付いてきて当たり前のものになっている。
(“ママ”ちゃう、言われてもなぁ、“ママ”なんて知らへんし)
「しゃあない、事務所帰ろ……」
せっかくの1日完全なオフやったのになぁとぼやきながら、だけど他に行くところもやることもないのが事実。
桂也は昼の暑い日差しに目を細めて一度空を仰ぐ。何もかもが大したことではないような気がしてくる青い空。思わず、溜め息を吐いた。
桂也がやくざになろうと決めたのは、成り行きだった。それしか道が残されていないと言うのも大きな理由だったが、高校を卒業して手を染めたヤバイ仕事が原因でやくざに追われ、やくざに拾われた。
ただそれだけ。
それが意外に性に合っていたのと、もう一度会いたい人がいたから現在も続いている。
(いつまでも片想いみたいで俺も大概オトメ思考やな……)
と時々溜め息混じりに肩を落とすことはあっても、そこそこに稼業は順調である。
事務所に戻れば怪訝な顔をされても黙って受け入れてくれるだろうし、好きだったのかそうでなかったのかよくわからない、
「ママとちゃう」
とキレて怒っていた女の顔もやがて日常に埋もれて思い出せなくなるだろう。
つくづく、腐ってる、と思う。腐ってると思うが居心地がいいのも事実。そういうところがまた、腐ってる、とまるで堂々巡りのように考えてしまう。
少しばかり重くなった心と体を引きずるように事務所のドアを開ければ、案の定、怪訝な顔で見られる。
「桂也、休み違ったんか? 」
自分と同じ時期に組に入った見るからに厳つくやくざな崎田が、桂也に声を掛ける。
「休みやったんですけどね……行くとこ無くて」
まるでぼやくように呟けば、崎田は途端に顔をくしゃくしゃにしてまるで子供のように笑う。俗に言う馬鹿笑いだ。それも厭に豪快な。
「……崎田さん、いいかげんに笑うん止めて下さいよ……」
「そやけど、行くとこ、ないって、ッッハハハハ」
溜め息混じりに肩を落とせば崎田の笑い声が五月蝿かったのか、奥の部屋から若頭補佐の古賀が顔を出し、
「崎田、静かにせんかいっ」
と怒鳴った。古賀が顔を引っ込める前に桂也を見つけたのか
「お前、休みに何やっとんのや」
と呆れたように言い、
「行くとこないらしいっすよ」
と崎田が言えば、
「暇やったらあとで荷物持ちで付き合え」
と、桂也は古賀直々に指名された。
「はい」
素直に返事して、事務所に居座る用事が出来たことにあからさまにホッとする様に古賀は複雑な顔をし、部屋へ引っ込んだ。
「良かったな、桂也」
意味深な崎田の顔を一睨みして、桂也は他の人間の邪魔にならないように監視カメラから流れてくる映像を映すモニターの前に陣取った。
本当なら崎田の頭を一つ殴りたい心境である。
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