桜の夢 02
そう、どんなに願っても……
結局一週間寝込んだ俺に、その人は部屋を提供してくれた。その間にその人が極道だと知り、俺を襲ったのが雇われたチンピラだともわかった。わかった所でどうするわけでもなくただただぬくぬくと護られて過ごした。
それがどんなに楽かということもその時つくづく知った。
だけど、桜がいずれ散るようにその生活にも終焉は来るわけで……
「俺、やくざになる」
自分が最後と決めた夜にその人に漏らす。鼻で一蹴するかのように笑ったその人は、
「そんな生半可な気持ちでなられたらそれこそ迷惑や」
と俺を諫める。そう言うだろうともわかってた。
どんなに足掻いてもまだまだお子様な自分と、その道一筋でやって来たその人とでは考え方も価値観も違う。素直に一緒にいたいだけやと言えたらどんなに良かったか。多分それすら気のせいやと諭されて終わりのような気がする。
「桂也、ちゃんと元の生活に戻れ」
狡いな、大人は。そんな優しく名前を呼ばれたら逆らえやん。
「どんなことでも無駄にはならん」
「……そうやね。 俺が喧嘩三昧で恨み買ってなかったらあんたとも出逢われへんかったわけやし」
当てつけがましく言う俺に、真剣にそうやと答えてくれる人。
不器用やな。
自分もこの人も。
「ちゃんと生活して、それでもまだ極道する言うんやったらそれはその時考えたらいいことや。 おまえに親がおらんことも必ずなんか意味のあることや」
全てに意味をつけて考える人。
それやったら桜が綺麗に舞うことにも何か意味があるって言うんやろか。
……出逢うため?
だったら、素敵やな。
もう少し頑張ってみようかって気にもなる。
「なぁ、俺の一生のわがまま、聞いてくれる?」
「……一生、な。 短いな」
「ちゃかすなよ、真剣なんやから」
必死な顔してたやろか?俺はそっと、まるで大切なものを取り出すように呟いた。
「……ギュッてして……」
ふっと笑ったその人は、それでも俺の夢を叶えてく れる。俺の背に手を回し、あばらに響かないように抱きしめてくれる。
その温もりは、俺が常に求めていたもので、甘くて、そして悲しかった。
「ありがとう」
素直に出た始めての言葉。
「桂也。 極道なんてなるな。 お前はカタギでやっていける」
関わるな。そう、言われた気がした。
次の日、俺は黙って部屋を出た。せめて高校は卒業しようと密かに心に決めて。
外に出て見た桜は、既に葉桜へと移ろうて、新たな年へと歩み始めていた。
そしてまた今年も桜は咲く。桜を見るたびに俺はそこにあの人の面影を見る。
結局高校を卒業して極道を選んだ俺。や、選んだと言うのかそれしか残っていなかったと言うのか。だけど、そのことに後悔はしてへん。
あの人にいつか逢いたいから。
「桂也、古賀の兄貴、お前のこと呼んどったぞ」
「はいっ、すんません」
今はまだ、ぼうっと桜が舞うのを見てる場合やない。
いつか、逢える日まで。
終
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