桜の夢 01
はらはらと舞い散る薄紅色の桜。
綺麗に咲く桜の樹の下には死体が埋められているのだとまことしやかに流れるただの噂。ハラハラと散る桜は、まるで涙のようでそれがあながち嘘だとも思えない、非現実の世界を創り出している。
殺してしまったのは自分の心。
些細な歯車の軋みは、俺の何もかもを狂わせて、きしきしと今にも壊れそうな音を立てている。
俺は小野寺桂也。親の顔も、家庭の温もりも知らない。
勝つか負けるかの生き残りを掛けた世界が全てで、心には鬱憤と言いようのない屈折した思いが積もり、やがてそれらに支配される。
なんとか高校生になり、二年目の春。学校へ行くことの意義を見いだせなくなっていた俺は、夜の街を当てもなく彷徨い、喧嘩に明け暮れるのが日課になっている。
ただ、それすら虚しい。どこにも仲間なんてなくて、信頼できる人すらいない。この世にたった一人、そん な気すらしていた。
通わなくなった学校からは、飽きもせずに連絡が入り、高校に行かないならここにいられないと施設の先生にも諭され、何もかもが嫌になる。親がおらんことはそんなに悪いことなんか。親がおらんことは俺のせいなんか。
何もかもが、どうでもよかった。
居場所が、ない……綺麗に咲ける桜すら羨ましい。俺は、花すらつけられへんから。
俺が唯一毎年楽しみにしている施設の近くの道の早咲きの桜が、まるで俺を慈しむようにその花びらで包んでくれる。このままここで何もかも忘れたい思うけど、そうはさせてくれないらしい。
「おまえが小野寺か?」
と、突然後ろから問われ、振り返るまもなく奇襲をかけられる。喧嘩三昧な日々は相当恨みを買ってたらしい。
一人対数人に卑怯だとも感じないような輩からすら手当たり次第に喧嘩を買っていた報いやろうか、軋む体に、こんな最後もまた似合いかもしれへん、と哀しいことを考える。
もうどこかへ意識を手放そうと考えた時やった。一瞬にして強烈な光に包まれる。
「何やっとんの や? 邪魔や、どけ、ガキどもが」
威圧的な声が一瞬にしてその場を包み、桜が震えるように舞う。あぁ、もったいなぁと馬鹿みたいに考える。
それくらいに綺麗やった。
気が付いた時、そこがどこか俺には理解できんくて、ただ寝かされてるそこがあまりにもふわふわと気持ちよくて、もう少しこのままと願ってしまう。
「目、覚めたか」
不意に沈黙は破られ、現実に引き戻される。
「……ここは? ……うっ……」
体を起こそうとして全身を襲う痛みにベッドへ逆戻りする。その人は苦笑して、
「あばら、やってる。 まぁ寝とけ」
と痛みの理由を告げられる。情けないなぁ、たかが喧嘩如きで……
「迷惑、かけられんし」
痛みを堪えて言った言葉は失笑を買っただけで、
「迷惑言うんやったらもうとっくにかけられとるわ」
と流される。
確かにその通りや。その通りやけど、だからじゃあ甘えますってもんじゃないやろ……ブスッとして微かに言葉にした俺に、
「ガキは甘えときゃいんや」
と頭をくしゃくしゃとされる。そんな行為に慣れない俺は、思わず睨みつける。
目をすっと 細めたその人は
「いい目しとるわ」
と言う。
「まだまだ猫みたいやけどな」
そう言われて俺は脱力した。どんなに頑張っても背伸びしても、大人になれやん。
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