その頃の晴陽 本文


「姐さん、どうしたんですか?」

 そわそわと玄関を行ったり来たりしている落ち着きのない晴陽に、神薙組の若い衆が見兼ねて声を掛けた。

「黒守が帰って来るって電話くれたんだけど、随分遅いのよ」

「はあ」

「今駅って言ってたからそんなに時間かからないと思うんだけど……」

 若い衆はしまったと言うような顔をして晴陽と向き合う。自分たちの態度が黒守に対して冷たいのは重々承知している。

 少し重たくなった空気が流れる中、暢気なメロディーが流れた。まるで、救いとばかりに

「姐さん、姐さんの携帯じゃないですか?」

と尋ねれば、嬉々として携帯を取り出した晴陽が

「あら、昔のお友達と偶然会ったから少し出てくるみたい」

とニコリとして告げた。

「昔のお友達って……大丈夫かしら? いじめられたりとかしないかしら?」

 若い衆はそれはないだろうと突っ込めるものなら突っ込みたかったがそれは押し殺して

「そうですか、残念ですね」

とホッとしたように言った。

「居心地の悪いところにずっといるのはきついものね」

 ちらりと若い衆を見てさらりとなんでもないことのように告げた晴陽に、若い衆は内心怖いと思いながらニコリと

「早く帰ってくるといいですね」

と言い、

「なんかあったら声かけてください」

と、そそくさと逃げ出した。

 晴陽は後姿を見送りながら、少しは態度を改めてくれたらいいけどと思った。

「あんまり若い奴をいじめるなよ」

「あら、煕一郎さん、人聞きの悪い。 あなたが言っちゃったら角が立つから私が言っただけじゃないの」

「あいつらも、扱いなれてないだけや」

「わかってるわよ、心配しないで」

 ふふふ、と可愛く笑う晴陽に、煕一郎は女が母親になるって言うのはこんなものかと、さわらぬ神に祟りなしとばかりに

「出かけてくる」

と言った。

「行ってらっしゃい」

 何事もなかったように朝の時間は流れて行く。



終 




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