第1章 01
ポツポツと窓ガラスを叩く雨が、どこか物哀しい音楽を奏でる中、僕は薄暗くなった部屋で膝を抱えている。
「在有、ちゃんと戸締まりしといてや」
お母さんはさっきそう言い残して慌ただしく仕事へ出かけた。いつものこと。お母さんは僕とこのアパートに移って来てからずっと夜の商売をしている。お父さん、僕の本当のお父さんと知り合ったんも、店で働いていた時やと言ってたからブランクを考えたとしても長い。
今は雇われママをしてるからちょっとは融通が利くんや、といつだったか笑って漏らしたことがあった。だけどそれは僕には何の意味も持たへん。お母さんが仕事に行った頃を見計らって帰って来るんが、五条貴晴、お母さんの再婚相手で、ヒモで、今の僕のお父さん。
もっとも、再婚と言っても内妻関係だったみたいやけど、それを知るのは僕がもう少し大きくなってからのこと。
僕はいっつもヒモが帰って来るのを膝を抱えて待っていた。嵐の始まりから少しでも身を守れるように。それがどんなに無駄なことかわかってたけど……。
「在有っ」
ドンッと、荒々しい音をたててヒモが帰って来る。どうしてかわかれへんけど帰って来たら必ず僕の名前を叫ぶ。僕はそれだけで体がビクッと震えてしまう。それがいつも始まりの合図になる。
「呼ばれたら返事せんかぃっ」
ヒモは足音を大きく立てて僕に近付くなり、腕を掴み僕を引きずり立たせる。
「なんやその目はっ、ああっ?」
ぱんっと頬に熱を帯び僕は床に転がる。ドカッっとそのままお腹を蹴られ僕は身を屈める。
「……やっ……やめて」
だけど僕の声は届かない。痛いとか怖いとか、止まない暴力の嵐に僕はだんだんと感じなくなる。
『どうして……』
ただ空想の花びらをちぎって時間をやり過ごす。おなかも背中もとにかく上手く服に隠れるところには、無数の痣が次から次へ治る間もなくできる。不意に僕は襟元を乱暴に捕まれ引き上げられた。
「おまえ、あいつに似て顔は男思えんくらいかわいいからなぁ」
ヒモの僕を見る目がイヤらしく暗い色に濁る。
「……な、……な、に……」
突然足で蹴られ仰向けになったところを、ヒモは足で踏みにじる。僕の体と言う体を踏みにじって苦しめ、最後に僕の『そこ』に行き着き全体重を乗せるように踏みにじってきた。
「っっ……やっ……い、痛、い……ゃぁ……」
僕の目から流れる涙を見てヒモは
「アハハハ、ざまぁねぇな」
と僕を見下した。
『どうして……』
僕の一体何が気にいらへんのやろう……。僕はどうしてもわかれへん。……どうしてもどうしてもわかれへん……。
雨は更に激しく、まるで僕の心の涙のように降り続く。
不意に体が軽くなりヒモが僕の上からいなくなった。今の内に逃げやなって思うのに、体は動かない。それも一瞬のこと。ヒモは僕の上からどいてはくれたけど、僕の横にしゃがみ込みベルトをガチャガチャと器用に外し、僕が訳が分からへんくて困惑している間に引き抜いた。
「な、に……やっ……」
ヒモは僕の体を蹴り、自分の意思を持たへん体はコロンと俯せに転がった。
「なぁ、在有。俺は優しいからお前が暴れて怪我せんようにしといちゃるからよ」
ヒモは薄ら笑いを浮かべ、僕の顔を無理矢理自分の方に向けさせて告げた。何をされるのかも、何を考えているのかも分かれへん。ただただ僕は無心に花占いを空想していた。
ヒモが僕の両腕を一纏めにした時、僕は自分に何が起ころうとしているのか初めて理解し、
「……やだぁぁ、やめ、っっひっ……」
僕ががむしゃらに叫び暴れ始めると、ヒモは僕の頭を床に押しつけこれでもかというようにグリグリと嬲る。
「うるせえっっ、黙らんかい、あぁ」
しゃくりあげながら泣いている僕の腕に先ほど引き抜いたベルトをぐるぐると何重にも巻き、最後にキュッと締め上げた。後ろ手に身動き取れない状態に拘束され、僕は底知れぬ恐怖を感じた。
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