第5章 03


 揺蕩う意識の中で、僕は唐突にあの時僕を呼んだのが誰だったのか分かったような気がした。

 僕と全く同じ顔、僕と全く同じ体の造り、

「こんにちは」

と何でもない事のように声を掛けられたときは心底驚いて思わず叫びそうになったくらい。

「こんにちは?」

 戸惑う僕ににっこり笑って

「僕は君」

と言った彼のことを理解したとたんに、哀しくなった。自分で今まで守ってきたもう一人の自分。多分それが僕の心。

「僕は、消えちゃうん?」

「消えないよ。 僕と君は元々一つだから。 君が僕の心を守ってくれたから」

「元に、戻るん?」

「そう。 もう、君だけが我慢する必要ないから。 これからはずっと一緒に居よう」

 僕を守ってくれる人がいて、僕が守らなきゃダメなものもあって、ただ空に閉じこもるようにして我慢する日が終わったんやと、もう一人の僕を見、安心して涙が零れた。

「ありがとう」

 彼の言葉に小さく頷いて、彼の差し出した手を掴み、今度は彼と二人でもう一度眠りについた。




 少し意識が浮上し、僕の頭を何度も何度も撫でてくれる大きくて暖かい手を感じた。お父さんの手かお兄ちゃんの手か分からなかったけれど、あんまり気持ちがいいものだから、だんだんと意識がはっきりしてきたけれど、いつまでもその手を感じていたくて寝たふりをしてみた。

 少ししてくすりと笑う音が聞こえたけれど、ただ黙って頭を撫でてくれる。

 きっと僕が起きていることに気付いてるんやろうと思うと少し恥ずかしい。恥ずかしい気持ちと嬉しい気持ちで少し葛藤した後、僕は恐る恐る目を開く。

「気ぃ付いたか、在有」

相変わらず僕の頭を撫でたまま僕の顔を覗き込んでくるのはお兄ちゃんやった。

「在有、よう頑張ったな」

 まるでえらいえらいとでも言うように大きな手が僕の髪を梳く。

 思わずそのまま流されてしまいそうになっている自分にはっと気付き、

「かなちゃんはっ?」

とお兄ちゃんに聞いた。声が大きくなって自分でもびっくりしたけど、お兄ちゃんの方がびっくりしたみたいやった。

「大丈夫や」

「ほんと?」

「ああ」

「良かった……」

「無傷とは言わんけど、別に大怪我をしている訳やない。 利き腕怪我してちょっと料理しにくいって言ってるくらいやからたいしたことないやろ」

 怪我をしていると聞いてちょっとへにゃりとした気分になったけど、それよりも

「僕にも守れたんや……」

とホッとした。

「ああ、お前はちゃんと守った。 在有も、もう一人前の男やな」

 お兄ちゃんの言葉に少し気恥ずかしく感じながらも嬉しかった。まだまだ一人前なんてことはないけれど、それでも認めてもらえたような気がしたし、ちゃんと自分で立てるようになったと思った。

 頭を撫でられたままゆっくり瞼が重くなってきて、眠たいのと折角お兄ちゃんが来ているのにと言う気持ちが入り混じり眠気と戦っていたら

「もうちょっと寝ろ」

と塞がれた。

 意識が落ち切る前に遠くで

「おやすみ」

と聞こえたような気がした。



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