第5章 01


 かなちゃんがご飯を作ってくれるようになって、しばらくしてから公園で黒猫のきなこと出会って、僕はだんだんと穏やかな日常に慣れていった。

 他の人が嫌いだとか苦手だとか、そんなこと思ってるつもりはなかったんやけど、心のどこかで怖い怖いと思っているみたいで、家からどころか部屋からもよう出なかったんだけど、かなちゃんが来てくれてからはかなちゃんと公園まで散歩に行ってゆっくりするのが日課になった。

 ほんとはお兄ちゃんやお父さんと散歩行きたいなって思うこともあったけど、それを言ったらせっかく一緒に行ってくれてるかなちゃんにも悪いし、お兄ちゃんやお父さんにわがままな子と思われそうだから黙っとく。

 二人には嫌われたくないから……





 その日も朝からいいお天気で、僕はいつものようにかなちゃんと公園に来た。

 きなこは黒猫友達ができたみたいで、今までは僕にべったりやったのに、最近は全然相手してくれへん。

 それはちょっと寂しくて、だけど羨ましい。

 もう一つちょっぴり寂しいなと思うのは、あの日かなちゃんが来てくれって、かなちゃんがここに住むようになって前の時のようにご飯もちょっとずつ食べられるようになって、それはとっても嬉しいけれど、かなちゃんは僕のことを

「在有さん」

って呼ぶようになってた。ほら、今みたいに。

「在有さん、そろそろ戻りましょうか?」

「……うん」

「もうちょっといてますか?」

 僕は黙って首を振る。

 なんだかかなちゃんがとっても遠くに行ったようで寂しい。

 僕はまだその時かなちゃんがうちにいてくれるってことしかわかってなかったんやけど、後々、かなちゃんが僕のご飯を作ってくれるためにやくざになったことに気ぃ付いた。

 そのことに気付いた時に、寂しいけどしょうがないのかなって納得もした。でもそれは、こんな形で分かりたくなかった。

 公園からの帰り道、

「在有、探したんやぞ」

って、突然声を掛けられた。それは、僕の一番聞きたくない声やった。

「っ……」

 嫌だ。怖い。会いたくない。

 色々な気持ちが次々に浮かんでは消え、まるでぎゅうぎゅうと首が締まったかのように言葉にならへん。さーっと音をたてて血の気が引いていくのが分かる。

 五条貴晴。

 その人の声を忘れられるはずない。

 不意に左手にぬくもりを感じた。

 暗い渦の中に巻き込まれていきそうな僕をその暖かい手が引き戻してくれるような感覚に、僕ははっとなって隣を見た。

 ずいっと僕の前にまるで壁になるように大きな背中が表れて、ああ、そうだかなちゃんと一緒やったんやと気づく。

「なんやお前」

 あの時、僕の父だった人。そして、僕の大切な人を殺した人。

 でも、それ以上に僕はこの人が怖い。いっぱい言いたいことはあるけれど、どれ一つ言葉にならないくらいにこの人に対して恐怖を植え付けられている。

「在有を返してもらおうか?」

「何寝ぼけたこと言ってんのや」

「寝ぼけてんのは千条の方ちゃうか? 俺ら相手に一人で何ができる言うねん」

 僕とかなちゃんを囲むようにして出てきたのは庄能直道と府島明人。

 僕の恐怖は最大になり、息をする事すら忘れてしまうような恐怖を感じる。

「在有」

 前を見据えたままのかなちゃんが僕を呼ぶ。

「多分あいつら道具持ってるからちょっとやばいかもしれへん。 いいか、俺が合図したら家まで走れ。 後ろを振り向くな」

「……かなちゃん……」

「大丈夫や、そんなに距離ない。 在有やったらできる」

 ちらりと僕を見たかなちゃんの顔はすごく穏やかで、僕は諦めたくないって思った。何もできなかったあの頃とは、違う。

 目の端にナイフを手にした庄能の姿が飛び込んできた。

「走れッ」

 それを合図に、僕は家に向かって一目散に駆けた。



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