第4章 09


 僕は玄関先で俯いてる。





 家から飛び出してどこへ行こうと考えたわけではなく、まして行けるところがあるわけでもなくて、いったい自分がどうしたかったのかすらわからない。ただなんとなく息苦しなってなんとなく怖なって、ここにいたらあかんって誰かに耳元で囁かれてるような気がした。だけど実際飛び出してみたら行くところもないし、お兄ちゃんと散歩した時の公園のちょっと人通りの少ないベンチで膝を抱えて小さくなって座っていた。

 ただ、それだけ…… 僕にはそうすることしか出来へんから。





 随分長いことそこに座ってたような案外短い間だったような時間が流れて、僕は思わぬ人に会うことになった。偶然なんか必然なんかわからないけど、体が冷え切って心まで冷たくなってどうしていいのか分からへんようになってた時やった。

「在有?」

 呼びかけられた声はよく聞き覚えのある声で、僕はのろのろと顔を僅かに上げた。

「……かなちゃん……?」

 どうして? どうしてここにかなちゃんがいんの? 疑問をかなちゃんにぶつける前に僕の目の前に立ったかなちゃんが口を開く。

「どうしたんや、在有。 うち、帰らんのか」

「……う、ん……」

 かなちゃんはそれ以上何も聞かずに、僕の隣に座った。その沈黙が心地いい。僕が微かに体を震わせるとかなちゃんは黙ったまま上着を着せかけてくれる。

「なぁ、在有、腹減らんか?」

 何にも変わらないかなちゃんに僕は涙が出そうなくらい嬉しくて小さくコクリと頷く。

「ほな、在有のうちでなんか作らせてくれるか?」

 僕は少し考えて頷いた。

 お兄ちゃんやお父さん怒るかなって脳裏を横切ったけど、それよりもかなちゃんがまた秘密の食卓してくれるんやと思ったら凄く嬉しくて、そんなことはどうでもいいことのような気がして僕はかなちゃんを家まで案内した。僕が家にかなちゃんと連れ立って戻りドアに手を掛けた丁度その時、そのドアが勢いよく開いてびっくりした。でもびっくりした顔をしていたのはドアから飛び出してきた事務所にいる若い人も同じで、

「っっ、在有さんっ、どこ行ってたんすか」

 まるで責められてるように聞こえて僕は思わずビクッと体が震えた。しまったと言う顔をしたその人は、

「軍嗣の兄貴も心配してますよ」

とさらりと話をすり替えてくれる。僕の後ろに立つかなちゃんのことを不審な者を睨むように見据えている。

「とにかく中に…… すぐ兄貴呼んできますから」

 そして僕は俯いてる。

 なんだか凄く悪いことしたみたいな気がして顔を上げられなくなった。だから当然かなちゃんがどんな顔して僕の横に立ってるかなんて知らへんかってん。





 暫く待ってお兄ちゃんが入ってきて恐ろしく重たい空気がその場を支配する。
僕は居たたまれなくて俯いたままその沈黙に耐える。その、ピシッとした空気を割ったんはお兄ちゃんやった。

「で、在有の知り合いや言うことらしいけど、どういう知り合いや?」

 少し怒気を含んだ声に僕ははっとしてお兄ちゃんを見る。怖い顔をしてる。隣に座るかなちゃんもそれに劣らず恐ろしい顔をしてる。どうしてやろ。どうして二人ともこんなに怖い顔してるんやろ……僕が、悪いんかな…… きっとそうや。だからこんなに怖い顔して睨み合って僕は二人とも好きやのに…… 僕は、かなちゃんの作るご飯が食べたかっただけやのに。お兄ちゃんに、かなちゃんのご飯をできたら一緒に食べてもらいたかっただけやのに…… 僕が、あそこから出たことはよかったんやろか……

 もう、わからへん……

 うつむいて手をギュッと握りしめるとポロリと零すつもりもない涙が零れてしまう。



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