第4章 06


 頭をふわりふわりと優しく撫でる手に僕は夢の中で誰? と、問い続けていた。あんまり優しく撫でてくれるその手に、どうかいつまでも止めやんといてと願いながら、だけど一体誰の手なんかわからへんことにもどかしさを感じていた。頭をこんなに優しく撫でられたんって一体どのくらいぶりやろ? 昔々、ほんの小さい時に誰かがこんな風に頭を撫でてくれたんを朧気に覚えてる。でもその時頭を撫でてくれてたんが誰かまでは、どうしても思い出されへん。なんでやろ? なんだか記憶の欠片がすっぽりと抜け落ちてしまってるような気がする。

 忘れたらあかん、大切なことやったような気がするのに……





 優しい手の動きに僕は早く目を開けやなって思いと、もう少しこのままで…… と言う気持ちとの間に挟まれ、僕はそのぼやっとした原風景の中でうんうんって唸っていた。ふっとその手が離れた時、僕はすごくがっかりしてどうしてももう一度撫でて貰いたくて重い瞼を挙げた。





「在有……?」

 ボォーっとした頭で僕の名前を呼ぶ人を見る。心配そうに覗き込んだ顔がとても印象的で、僕は無意識のうちににっこりと微笑んだ。それがお兄ちゃんやとわかるまで覚醒するのに少し時間がかかって、ぽわぽわした不思議なくらい心地よいその時間を手放したくないと願った。

「……ぉ、兄ちゃん?」

「ん? 目、醒めたか?」

「ぅ……ん」

「ほな、メシ食うか?」

 僕は一瞬間をあけ微かに頷いた。悲しいかな、お腹のすき具合には勝たれへんかった。このまま布団に潜り込んでただひたすら何もかもから逃げたいって思う心とでは。怖いな。今のこの穏やかな場所がなくなってしまうかもしれない。僕の過去が消えない限りそこから救われたはずなのにその過去に脅かされ続ける。そんな方程式がどうしても頭から離れへん。

「在有、散歩がてら外に食べに行くか?」

「そ、と……?」

 にっこり笑うお兄ちゃんがめちゃくちゃ頼もしくて一人じゃないから大丈夫って気になる。

「……でも、僕の、服、ない……」

 とりあえず起きてからの疑問を聞いてみる。

「ああ、クローゼットに入れた言ってたな」

 お兄ちゃんはベッドの横に並ぶ扉を指して言い立っていって開ける。窓から入るキラキラとした陽光がお兄ちゃんを眩しく照らし綺麗やった。クローゼットの中には昨日買ってもらった服とは違う見慣れぬ服もたくさんあって、目を白黒させた。

「……これ」

「在有のや、全部。 親父がな、在有帰ってくんの嬉して嬉して買い集めたんや。 親父も不器用なやつやからな、他になんも思いつかんかったんや。 これだけの服着るん大変やろけど、少しずつ全部着たってや」

「うん……い、いの……僕、着て」

 お兄ちゃんはまるでいたずらっ子のようにクスッと笑って、

「おまえ以外にこんな可愛らしい服似合う奴はうちの組におらへんな。 在有が着んかったらこの服はずっと日の目を見ることもなくてかわいそうや。だから服のためにも着ちゃらなあかんで」

と僕の頭を撫でてくれた。きっとお兄ちゃんは僕のどうしようもない気後れっていうかそんなもやもやした感情を知ってるんや。僕が何も気にせんでそのたくさんの服を着れるように気を使ってくれてるんやって思ったらなんだかすごく申し訳ないような気になってつと俯いた。

「在有、どれ着る?」

 そんな僕の顔を上げさすことにあっさりと成功したお兄ちゃんは優しい顔をして僕を見ていた。



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